人と馬とが一体になり、熱い舞台を繰りひろげる競馬。その立役者として欠かせないのが騎手の存在です。今回お話を伺った藤井勘一郎さんは、2012年より韓国で騎手として活動中。2012年11月のグランプリ、2013年5月のコリアンダービーと、目玉となるG1レースを相次いで制覇し、韓国競馬界を沸かせています。韓国での仕事のエピソードと競馬にかける思いを、活動の拠点である
釜山慶南(プサンキョンナム)競馬公園で伺いました。
名前 藤井勘一郎
職業 競馬騎手(短期免許で釜山慶南競馬公園に所属)
年齢 満30歳(1983年生)
出身地 奈良県
在韓歴 1年9カ月(2012年6月~)
経歴 2001年オーストラリアの競馬学校を卒業後、オーストラリアで見習い騎手になる。2007年1月シンガポールの短期免許取得、同年3月チェアマンズトロフィー(シンガポールG3)優勝。その後オーストラリアでの騎乗を経て、2012年5月韓国の短期免許を取得。同年11月慶尚南道知事杯(韓国G3)、12月グランプリ(韓国G1)、2013年5月コリアンダービー(韓国G1)、8月コリアンオークス(韓国G2)と、重賞で勝利を重ねる。2013年11月に韓国通産100勝を達成。
騎手の道を求め、15歳で海外へ
競馬に初めて触れたのは小学生の頃です。好きだった漫画の主人公が競馬好きだったことで興味をもち、父に競馬場に連れていってもらって。
会場にとどろく地響き、騎手が鞭打つ音、馬の息遣い…テレビで観るのとは全く違う、臨場感に溢れた世界に魅了されました。地元の乗馬クラブで実際の馬に触れながら、騎手という道を描きはじめました。
ただし、日本での騎手の道は中学3年で一旦断念しました。日本では通常、10代で競馬学校に入り、卒業後に騎手免許の資格試験を受けますが、僕は入学要件の規定体重を超えていたのです。別の方法を探していて見つけたのが、オーストラリア。
騎手の免許制度は国により異なり、オーストラリアは日本より比較的容易にライセンスが取得できると知りました。現地でちょうど日本人向けの競馬学校がオープンしたことも契機となり、両親の後押しのもと、15歳の中学卒業と同時に単身で日本を出国しました。
釜山は海外騎手にもオープンマインド
釜山慶南競馬公園
韓国に来るまで、オーストラリア、シンガポールなど各地でライセンスを取りながら、国を渡って騎乗してきました。海外騎手の場合、活動の場を求めて拠点を移動する人が少なくありません。
特にオーストラリアは門戸が開かれている分、騎手間の競争も激しく、自分をいかす機会は常に探していました。韓国では短期免許制度があり、外国人騎手も6カ月単位で騎乗ができます。
僕と同様にオーストラリアで騎手になった富沢希さんが2007年に同免許により
ソウルで活動しており、彼の競技を観たことがきっかけで、韓国を選択肢として考えはじめました。周囲から情報を得る中で次第に韓国への関心が高まり、2012年5月には韓国の短期免許を取得、釜山慶南競馬公園で活動を始めました。
釜山を拠点にしたのは、ソウルより釜山のほうが外国人ジョッキーの受け入れ態勢が整っていると聞いたためです。実際に現在も、日本人、イギリス人、フランス人の騎手や、南アフリカ共和国の調教助手など、国際色豊かな人材が活躍しています。
僕も遠征に行くとソウルの人はドライだなと感じることがありますが(笑)、競馬の世界に限れば、ソウルの方が伝統的なスタイルを大切にする一方、釜山はオープンマインドで外国人にも比較的チャンスが大きいのではないかと思います。
ストレートな発言で「生意気」と言われることも
スタッフとの良好な関係も重要に
騎手は、厩舎ごとに馬を管理する調教師、または馬のオーナーである馬主からの依頼を受けて初めて馬に乗ります。韓国に来る際もまずは目にとめてもらおうと、履歴書とともにYoutubeで作った韓国語の自己紹介動画を関係者に送るなど、アピールを工夫していました。
競技で勝つことはもちろん、普段のやりとりでも信頼獲得は重要です。しかし、韓国に来た当初は対人関係になじめずに苦労しました。例えばオーストラリアでは、騎手と調教師が対等な立場で意見を主張し合いますが、韓国は1歳年上でも敬語を使うなど、目上の人をたてることが基本とされます。
最初は韓国の感覚がつかめず、ストレートな僕の言い方は「生意気」「傲慢」だと受けとられてしまいました。ある調教師と喧嘩になり、彼の管理する馬に1年間乗せてもらえなかったこともあります。
今は相手の方法を尊重しながら、段階を追って自分の考えを伝えることを心がけています。やはり海外で生活のストレスを減らすには、現地のやり方になじむことが近道だと実感しています。
「馬をいかに気持ちよく走らせるか」が騎手の仕事
釜山慶南競馬公園では毎週金曜と日曜に競馬のレースがあり、その週に乗る馬は平日から調教を始めます。競走馬は陸上競技で例えるならアスリートと同じ。レース当日に最もいい状態で向かえるよう、日々の練習では調教の強度を変えながら、徐々にコンディションを整えていきます。
馬の様子に応じコンディションを調整
人の性格がそれぞれに異なるように、馬も一頭ごと個性や癖があります。競馬は騎手が馬を無理やり走らせていると感じる人がいるかもしれませんが、馬の特性をうまく引き出し、いかに気持ちよく走らせるかを追求するのが騎手の仕事だと僕は思います。
毎レース後に結果を分析し、「次回はこの直線で速めたほうがいい」「怯えの強い馬なので、ポジションを前にとれば速く走ってくれるのでは」など、改善点を調教師に相談します。馬は大変繊細な生き物で、細かい要因ひとつで走りが左右されるので、毎回試行錯誤の繰り返しです。
早朝5時から始まる朝の調教
厩舎
外国人初G1制覇…フェアなプレーで頭角
最近は競技の結果も含めて周囲の信頼を得られ、ありがたいことに、毎週18レースあるうち8~9割は騎乗させてもらっています。予定は韓国語の通訳さんが窓口になって調整してくれます。
韓国を代表するベテランの調教師にもずっと目をかけてもらっており、2012年のグランプリ、2013年のコリアンダービーと、重賞と呼ばれる大きなレースは全て彼の馬で勝利することができました。
最も印象に残っているのは、グランプリでの勝利です。当時は妻と生まれたばかりの息子と離れて単身で韓国に来ており、心の中で家族に「やったぞー!」と叫びました。G1レース制覇は僕自身初めてで、また外国人騎手初の快挙ということで、日韓のメディアにも取りあげられました。
一方で毎週の競技で勝ちを重ねていくのもやりがいを感じます。ファンや、馬を手塩にかけて育てているスタッフが喜ぶ姿は励みになりますね。2013年末に、競馬に関わる2つの賞をいただきました。釜山慶南競馬公園の「フェアプレー騎手賞」、そして競馬ファンが選ぶ「今年最高の人気賞」です。
フェアプレー騎手賞をいただけたのは、2013年の約470戦中、一度も制裁を受けなかったためです。レースは当然駆け引きもあり、特に人気馬に乗ると、他ジョッキーからのマークもきつくなります。しかし僕はラフなプレーで勝ちを目指すよりも、常に公正な試合がしたい。それが賞という形で認められ、とても嬉しかったです。
競馬場に足を運ぶ競馬ファン
人気賞をもらえた理由はわかりませんが、他の外国人騎手とファン交流会を行なった際に聞いた「一生懸命な騎手が好き」という声が印象的でした。騎手は負けを味わうことが多い職業です。勝てないとなっても諦めるのではなく、いかに努力して上位に食いこむか。
そうした工夫のひとつひとつを見られているのではないかと感じました。韓国では今も競馬はギャンブルだという認識が強いように感じます。しかし交流会では30~40代の男女が集まってくれ、今後は韓国の競馬もファン層が広がっていくのではないかと思っています。
家族との時間がレースでの自信に
現在は妻と1歳になる息子も一緒に住んでおり、時間ができたら外出するようにしています。家族と過ごす時間はなかなかとれませんが、先日は休暇を利用して釜山近郊の
統営(トンヨン)などへ出かけ、心身ともにリフレッシュできました。
騎手は不確実性が高くプレッシャーも大きい仕事のため、パフォーマンスを上げるには精神的な支えも不可欠です。その意味でも、家族の存在には本当に感謝しています。普段は体調管理や毎日のルーティンを徹底して競馬に集中し、オフはリフレッシュした時間を過ごす。そうしたメリハリにより安定をはかることが、僕のレースでの自信につながっていると思います。
釜山の主要観光地は大体でかけたそう(写真は
太宗台)
日本の免許取得も目標に、視野は常に世界へ
韓国の短期免許はいったん2014年3月末で切れますが、更新ができれば向こう1年間は引き続き釜山で仕事をしたいと考えています。2013年は釜山の騎手成績ランキング2位まで上りつめたので、今年は韓国で1位を目指すのが目下の目標です。
やはりいつかは日本の中央競馬でプレーしたいです。これまで日本の騎手試験を2回受けましたが、いずれも不合格でした。試験は座学の勉強も多く大変ですが、自分への挑戦と考えてチャレンジし続けるつもりです。
一方で騎手という職業は、その国でのライセンスと実力さえあれば各地に活躍の場があるので、機会があれば色々な国に行きたい気持ちもあります。来年以降は子育てを兼ねて再度オーストラリアに行くことも計画しています。海外でプレーするのは楽しさと大変さとが半分ずつですが(笑)、毎日やるべきことを積み重ねながら、自分が常に楽しいと思える方向に気持ちを高めていけたらいいですね。
インタビューを終えて・・・
取材の冒頭で、自らを「1人のビジネスマン」と表現した藤井さん。騎手という仕事に対するプロフェッショナルな姿勢と、競争の激しい世界を切りひらいてきた自信感が伝わってきました。真摯に練習に取りくみながら、明るい表情で周囲を配慮する姿から感じられたのは、彼のしなやかな強さ。今後もますますの活躍が期待される藤井さんに、みなさんもぜひ競馬場でエールを送っていただけたらと思います。
藤井騎手のレースを観にいこう!
韓国には
レッツランパークソウル、
レッツランパーク釜山慶南、済州競馬公園の3つの競馬場があります。藤井騎手が活躍する釜山慶南競馬公園は、毎週金曜と日曜に競馬が開催。広い敷地内に植物庭園やアトラクションもあり、家族の行楽地としても人気のスポットです。釜山西部に位置、地下鉄駅からは距離があるのでバスかタクシーの利用が便利です。