近年さらに裾野が広がっている日韓の交流。それを見えるところ・見えないところで支えているのが、日本と諸外国とを結びつける多彩な文化交流事業を推進する独立行政法人国際交流基金です。「韓国は、日本と地理的にも近く民間レベルでも交流が進んでいますが、バランスの取れた相互理解を進めるためには、まだまだ様々な努力が必要だと思います」とおっしゃるのはソウル日本文化センターの所長・小島寛之さん。日韓文化交流の現状と、国際交流基金の果たす役割について、
新村(シンチョン)のオフィスでお話を伺いました。
名前 小島寛之(こじま ひろゆき)
職業 独立行政法人国際交流基金 ソウル日本文化センター 所長
年齢 47歳(1965年)
出身地 東京都
在韓歴 8カ月
経歴 1992年京都大学文学部卒、同年に国際交流基金に就職。マニラ事務所副所長(1996年4月~2000年8月)、北京日本文化センター副所長(2006年3月~2010年8月)等を経て、2012年10月より現職。
3つの柱から国際文化交流を促進
国際交流基金の活動は「文化芸術交流」「海外での日本語教育」「日本研究・知的交流」の3つの柱からなり、文化交流を総合的に促進しています。
ソウル日本文化センターは2002年に開設。新村にあるセンターには、事務スペースのほか、日本関連の書籍等が置かれた「文化情報室」と多目的ホール、セミナー室が設置されています。スタッフは現在25名程度で釜山にも1名日本語教育専門家が派遣されており、21カ国22カ所ある国際交流基金の海外拠点のうちでは職員数にすると中くらいの規模にあたります。
大学街の新村に位置するオフィス
にこやかな印象のスタッフ
文化情報室には
日本の書籍やDVDが揃う
私は2012年10月に赴任しました。フィリピンのマニラ、中国の北京に続き3度目の海外駐在です。韓国の長期滞在は今回が初めてですが、実は大学生だった1991年にバックパッカーとして一人で釜山からソウルまで旅行をしたことがあり、私にとっての韓国の原体験となっています。これまで仕事でアジア関連の業務に関わることが多かったため、ソウルへは出張等でも時々足を運んでいました。
日本語学習者84万人…高い知的関心
韓国の日本語学習人口は世界でもトップクラス
国際交流基金が2012年に実施した最新の日本語教育機関調査の結果では、韓国の日本語学習者数は84万人で全世界で3位です。2009年の調査と比較すると絶対数では減少していますが、人口比は相変わらず世界トップです。韓国は中学や高校の第2外国語科目として日本語を学んでいる人の割合が圧倒的に多いのが特徴です。日本語や日本文化を学ぶ、いわゆる日語日文学科がおかれた大学の数も際立って多く、ソウル大学や
高麗大学には日本専門の研究所が設置されています。
教師へのサポートで「波及効果を」
センター内のセミナー室でも日本語講座を実施
「日本語教育」分野では、日本語能力試験(JLPT)や日本語講座の実施など学習者に向けた事業を行なうとともに、重視しているのが教師に対するサポート。先生の教授法のレベルを上げることで、生徒にもより良い教育の波及効果をもたらそうと、国際交流基金として力を入れている事業です。ソウル日本文化センターでも日本語教師向けの研修や交流サロンを開いたり、日本国内の付属機関「日本語国際センター」で行なわれる外国人日本語教師向けの研修に韓国人参加者を送ったりしています。
「日本研究・知的交流」では日本関連の学会やシンポジウムを経費面でサポートするほか、海外の研究者を日本の研究機関へ招へいするフェローシップ事業を実施しています。また韓国では地方各地にも学会や大学の日本関連学科があり、私も出張で地方をまわりながら現地の研究者と意見交換をしています。
様々なレベルで進む芸術交流
「文化芸術交流」は比較的一般の人の目にも入りやすい活動です。国際交流基金では、今年の3月から4月にかけてソウル大学美術館において1970年代以降の日本の現代美術を回顧する大型の展覧会を開催しました。また、日韓共同制作演劇『アジア温泉』は、東京の新国立劇場と韓国の
芸術の殿堂とともに、国際交流基金も共催という形で関わりました。現代アートから『
黒澤明映画祭』のようなクラシックな映画まで幅広い文化芸術事業を実施していますが、韓国では企画の新旧を問わず興味を示してくれる方々が多く、ここでも日本への関心の高さが窺えます。
ソウル大学美術館で行なわれた
日本の現代美術回顧展『RE:Quest』
今後の課題は「若者」と「地方」
展示会等の地方巡回も(写真は光州で開催されたポスター展)
一方、韓国の人々の日本理解には幅があるのも事実です。日本に関心がない、またはあまり良い印象を持っていない方もいます。そういう方々にも日本の多様な面を知ってもらうには、多角的な事業を行なうことが大切だと考えています。中でもソウル日本文化センターが今後重要だと思うキーワードが「地方」そして「若者」です。
最近の韓国ではソウルへの一極集中を解消しようとする動きが出ていますが、文化交流においても地方への展開の必要性は強く感じられます。必ずしも環境が十分ではない中で日本語教育や日本研究に取りくむ地方大学や、日本の団体との接点が少ない地方での日本紹介イベントは、国際交流基金の役割が求められる場面です。
また日本のアニメ、ドラマはすでに韓国の若年層に高い人気を誇ります。ただ、日本を様々な角度から知ってもらうには、ポップカルチャーだけでなく別のアプローチも進める必要があるのではと感じています。ある課題に取り組む中で日本の事例に触れて関心をもったり、若者同士が知的ディスカッションを行なったりできるような場を積極的に増やしていきたいです。
「共通課題」から生まれる新たな交流
近年、日韓、さらに中国を含む東アジア間で活発化しているのが、「共通課題」を出発点とした交流です。日本が経済的に突出していた時代とは異なり、各国が経済成長を経てライフスタイルが類似してくることに伴い、少子高齢化、環境、教育など問題の質が似通ってきているためです。
このとき面白いのは、同じような課題でも各国で少しずつ状況や対応が異なり、有益な議論がもたらされる点です。例えば定住外国人の増加に伴い、ゴミの出し方から子女のアイデンティティまで様々な課題が生まれていますが、自治体が先駆的に対応を進めた日本と、国がトップダウン式に法律をつくった韓国では行政の対応が違いました。昨年、国際交流基金では、自治体と共催で『日韓欧多文化共生サミット』を開催しましたが、そうした国ごとの相違点を含めて議論がされ、後に韓国における自治体レベルのネットワーク形成に繋がりました。日本と韓国が相互に学びあう動きは、今後求められる交流の形としてこれからも支援していきたいです。
問題解決へのきっかけ作り
国際交流基金では2008年に日韓NPO交流プログラムを実施しましたが、それが縁で昨年末に、そのときの日本の参加団体の1つが韓国に拠点を置くに至りました。私たちの事業により交流の輪が広がったことを知り、嬉しくなった出来事です。NPOや社会的企業(※)など社会問題に携わる人は日韓ともに多様化しています。社会に様々な立場から向き合う人同士を結びつけることで、課題解決への動きが広がっていく。そんなきっかけを作るのが、まさに国際交流基金の仕事といえますね。
※社会的課題の解決を目指しながら事業を展開する組織
醍醐味は新しいものが生まれるとき
「祝/言」は2013年10月から日中韓を巡回公演予定
今年の秋に、国際交流基金と青森県立美術館の共催で、日・中・韓3カ国のコラボレーションによる演劇「祝/言」(しゅうげん)を上演します。3月にプレイベントが行なわれましたが、韓国の
伝統楽器を使ったグループと日本の津軽三味線の若手奏者の共演により、日韓の伝統音楽が互いの個性を生かしながらうまく溶けあっており、新しい音が生まれていました。
芸術作品にしても人と人との繋がりにしても、私たちが関わる事業で新しいものが生まれる瞬間を目撃することは、仕事に携わる醍醐味のひとつです。特に海外での業務は実際の交流に間近に接する機会が多いので、それがより強く感じられますね。
先を見つめながら意義あるものを探して
1998年の「日韓共同宣言」以降、日韓関係は大きく発展しましたが、つながりの深さゆえの複雑さは依然残っており、今後も国際交流基金がやるべきことは沢山あります。
日韓の文化交流や知的交流は、様々な領域を含みます。その中で限られたリソースにより効果的な事業を実施していくことは我々の腕のみせどころです。1つの交流が生まれて花開くまでには時間かかります。しかしそれも含めて常に先を見ながら企画を進める必要がありますし、そこに国際交流基金の果たすべき役割があるのではと思っています。
インタビューを終えて
ご自身の
韓国語について「まだお恥ずかしいレベルです(笑)」と語る小島さんですが、前回赴任していた中国でも熱心に中国語を習得されたそうで、韓国語の学習にも意欲的です。「韓国はまだまだ知らないことが沢山あり、まさにこれから関係を広げていきたい」という活力あふれる姿勢に、日韓の交流を下支えする確かな土台を感じました。今後も日韓の文化を、そして人を、さらに多様な形でつなげていかれることを期待しています。
独立行政法人国際交流基金
外務省管轄の独立行政法人として、世界の全地域に日本の文化を発信する日本で唯一の専門機関。「文化芸術交流」「海外での日本語教育」「日本研究・知的交流」の3つの分野で事業を展開し、世界と日本の人々との相互理解を深める企画や情報提供を通じ、人と人との交流をつくりだすことを目的とする。
ソウル日本文化センター住所:ソウル市 西大門区(ソデムング) 滄川洞(チャンチョンドン) 18-29 ポティゴタワー 2~3F
電話:02-397-2820
ホームページ:www.jpf.or.kr