言葉の通じない外国での滞在。ホテルのスタッフが丁寧な日本語で応対してくれたとき、誰もがほっとした経験があるのではないでしょうか。ソウル西部の
汝矣島(ヨイド)・麻浦(マポ)エリアで長い歴史を刻んできた「
ベストウェスタンプレミア ソウルガーデンホテル」で、16年前から日本人観光客を迎えてきたのが山口禮子さん。「快適なホテルの使い方、韓国旅行のコツをお客様に知ってもらいたい」と語る山口さんに、ホテルの舞台裏からプライベートで続ける「ソウル俳句会」の活動まで、麻浦駅の目の前にたつホテル内で伺いました。
名前 山口 禮子(やまぐち れいこ)
職業 ベストウェスタンプレミア ソウルガーデンホテル 海外販促支配人
出身地 東京都
在韓歴 21年
経歴慶應義塾大学卒業。1991年に韓国に渡り
延世大学語学堂、
成均館大学史学大学院を経て1996年より「ベストウェスタンプレミア ソウルガーデンホテル(当時の社名:ソウルガーデンホテル)」に入社。現在、海外販促支配人を務める。在韓日本人による俳句の集い「ソウル俳句会」では2006年より主宰として活動している。
在韓21年の始まりは、ビジネスでなく勉強
韓国に来たそもそもの目的はビジネスではなく勉強です。大学時代に民族考古学を専攻しており、稲作など古来の日本の文化・風習を見ながら、中国より韓国のほうが近いと感じていました。韓国の方ともつきあいがあって
韓国語を勉強するうちに
留学してみたいと思いはじめ、1991年に渡韓しました。語学堂に1年通った後、成均館大学史学大学院で勉強をしました。
ソウルガーデンホテルに入ったのは1996年。母校である慶応義塾大学出身者のソウルでの集まり「三田会」で知り合ったホテルの役員から「ちょうどマネージャーが辞める」との話があり、私の夫が日本人の販促担当として入社しました。続いて私にも声がかかり、かねてよりご利用の多かった日本人客の快適なご滞在のお手伝いができればと、夫に数カ月遅れて働きはじめました。
営業では古くからの得意先を大切に
定宿とするビジネスマンも多い
当ホテルの歴史は長く、開業は1979年。2007年より世界で展開するホテルグループ・ベストウェスタンインターナショナルの「ベストウェスタンプレミア ソウルガーデンホテル」となりました。グループ内で最高級であるプレミアに認定されており、韓国の同チェーンホテルの中でも、歴史・クラスともにメイン級だといえます。ホテルのたつ麻浦(マポ)はビジネス街である汝矣島(ヨイド)に近く、市内はもちろん
空港にも行きやすい立地。周辺は近年開発が進んでいることもあって、常に多いのはビジネスのお客様です。また当ホテルの全宿泊客の40%程度を占めるのが日本からの方ですが、私もそうしたお客様を様々な面からサポートしています。
私の大きな業務の一つは日本企業などの顧客に対する営業です。ご予約を受けるのはもちろん、お客様の会社に挨拶まわりしたり、
SJC(ソウルジャパンクラブ)で新しく来た方に弊社の会員システムの説明をして差し上げたりします。嬉しい点は、古くからお付き合いさせていただいているお客様が多いこと。ホテルの歴史が長く、多くの方が名前を知ってくださっていますので。セールスのプレッシャーも比較的少ないです。日本人も韓国のお得意様も宿泊のたびに声をかけてくださり、本当にありがたいですね。
フロントで「申し訳ありません」が言えない?
言語に堪能なフロントスタッフたち
宿泊客からの質問や要望にこたえるコンシェルジュ業務も仕事の一つで、1階のロビーにデスクを置いています。ホテル全体としても日本語には特に力を入れ、フロントには日本語堪能な者が常に控えており、ベルボーイもほとんどが日本語ができます。しかし彼らの日本語の表現や日本人に対する対応については、難しさを実感することもあります。
フロントのすぐ横が山口さんの定位置
例えばお客様が14時のチェックイン時間より早く訪れ、事前にお部屋が用意できない場合、日本では「誠に申し訳ありませんが、お部屋の準備ができておりません。まずはお荷物をお預けになり…」と始まります。しかし韓国人スタッフは「チェックインは14時です」と、不可能だという事実だけ伝えてしまうのです。過失がなくても「申し訳ありません」や「あいにく」をクッション言葉として使うような文化的側面は、日本語が上手い者でも身につきづらいようです。
ただそういった点を諦めるのではなく、その都度伝えたり、接客が良いと感じる日本企業のサービスマニュアルを担当部署に渡したりしています。
現場スタッフはみんな勉強熱心で自分から尋ねてくれることも多いので、基本的には任せて見守るというスタンスがとれています。
「叱って─フォローして」が上手。同僚同士の接し方
入社当初はホテル内の日本食レストランで支配人をしていましたが、韓国人の同僚同士のつき合いかたや、上下の関係にはなじめない部分も多かったです。主張がはっきりしているのに加え、「注意」と「フォロー」に日本とは異なる感覚があるのを感じました。つまり、日本人同士だと一度の口論がいつまでも後をひくことがありますが、韓国人はその場では感情的になっても後でフォローするのがうまいんです。後輩が泣きだすまで叱っていた上司が、直後に一緒にトッポッキを食べながら慰めていたり。一見単純なケアなようですが、私にはこうしたバランスがうまくとれずに苦労しました。
今も彼女たちのようにはできませんが、かわりにみつけたのが「時間をかける」という自分なりのスタンスです。指示するときも相手になるべく時間を与え、しばらくして中間確認をする。突き放すわけではなく、ある程度の距離と時間をおくことで、今ではやりとりが上手く運ぶようになったように感じます。
快適な旅行のためのホテル活用法
気になることはスタッフにいつでも相談を
1990年代当時は今とは異なり、街で日本人女性をみかけることもほとんどありませんでしたが、近年では旅行会話をこなしながら自由観光を楽しむ女性が増えるなど、韓国はすっかり身近になりました。しかし、そうとはいえやはり外国。最小限の注意をすることが、楽しい旅行につながります。例えばガイドなどを装い、客室に電話をかけて誘い出す詐欺事件が報告されましたが、これらは少し冷静になると防げる場合も少なくありません。またタクシーでのトラブルがたまにありますが、ソウルガーデンホテルの場合はお客様が乗ったタクシーは部屋番号とタクシーの番号を控えているため、不安な場合はホテルの玄関からタクシーに乗るのもおすすめです。
そのほか旅行を快適に過ごすコツは、「不便があったらすぐに言う」こと。日本では言わなくてもわかると思われがちな部分も、韓国では言葉にしてこそ伝わることが多いので。またチェックアウト時に「ネットがつながらなかった」と言われてよく見たら電源がついていなかったなど、その場で言っていただければすぐに対処できる場合も意外に多いのです。予め不備のないようにするのがホテルマンの仕事であり、最善を尽くすのはもちろんですが、旅行での貴重な時間を過ごすホテルだからこそ、気づいたことはすぐに解決して充実したステイをしていただけたらと思っています。
見たものを表現に。ソウルで行なう俳句の魅力
プライベートでは「ソウル俳句会」の主宰をつとめています。俳句というと難しいと感じる人も少なくありませんが、実際は誰でも楽しめる趣味です。ソウル俳句会でも大学生から80歳のおじいさんまで日韓50名ほどのメンバーが自由に批評し合い、活動しています。私は1995年に入会し、前任の帰国に伴い2006年より主宰を引き継ぎました。会では外にでかけて句作を行なう「吟行」と「勉強会」を定例で行なうほか、年に一度、日本の俳句会や著名な先生方を招いています。駐在員のメンバーは帰国後も交流のあった日本の俳句会に入るなど、ソウルで始めた俳句を生涯の趣味にしている人がほとんどです。
俳句をすると表現力がつき、また季節の変化など周囲を眺める目が豊かになります。見たものを自分なりに消化し、表現として取り出す作業を行なうので、句を詠んだ情景は写真以上に鮮明に残るのもよい点です。
韓国だからこそ詠める句があるのも魅力の一つ。例えば、日本だと里山でひっそり咲くレンギョウが、韓国では街のあちこちで春の訪れを告げているように、同じ物でも日韓で異なる受け止められ方をする場合が少なくありません。そうした違いが句にも反映され、趣を深めているように感じられます。また韓国ならではの文化や風習を「韓国版歳時記」としてまとめ、日本の雑誌に紹介したこともあります。
「俳句ツアー」の舞台は大学から地方まで
吟行では普段の観光では見られないようなところにもでかけています。大学の教授室にお邪魔したり、
ソウル競馬場ではVIPルームで馬券を買って俳句を詠んだり(笑)。魅力溢れる地方も多く、一昨年は「安東裏ツアー」と題し、
安東(アンドン)の隠れた名所を巡りました。りんごの花が咲くのどかな景色を眺めたり、滝のそばにたつあずまやで両班(ヤンバン:貴族)のような贅沢を味わいながら作品を詠んだりと、とても思い出に残っています。
同じ桜を詠んでも幸せだったり、悲しさや怒りだったり…感情をあえて入れようとせずとも句には心が表れます。それを共有しつづけている会のメンバーは、余計なことを言わずとも心が繋がった家族のような存在です。私も元々は俳句に興味がなく夫の誘いで始めたのですが、ソウル俳句会の仲間に対する愛着が長年続けるに至った理由の一つかと思います。
山口さんの句作紹介
・ひとり去り風の入りたる花むしろ ・半島の月大きくて悴めり ・雪しまき大河いよいよ動かざる
確固としたサービスで安心感あるステイを
16年間の仕事で記憶に残っているのは、宿泊中に奥様が脳出血で倒れた年配のご夫婦です。手術の書類を訳したりご主人を病院で励ましたりし、無事回復されたときは力添えができたことを大変嬉しく感じました。日常の業務でもモットーは「手間を惜しまないこと」。時間があればカウンターで常連のお客様にご挨拶したり、そこまでやるかと思われるようなことでも、常に努力するようにしています。近年のホテルは価格を抑えようとサービスや人件費を省略する傾向にあるようですが、「ベストウェスタンプレミア ソウルガーデンホテル」は、スタッフの外国語能力やベルデスクの充実など、サービス面のシステムが整っています。多少値段がはっても、その分安心感のあるステイをしていただけたらと思っています。
2003年に夫が亡くなり、無気力になった時期がありました。そのとき聞いた言葉が「ピンジャリ クジョ」。直訳すると「空席(ピンジャリ) 大きいでしょう(クジョ)」ですが、「虚無感」などの固い言葉でなく「ピンジャリ」という表現がまさにぴったりで、気持ちがなぐさめられました。日本に帰ることも考えましたが、「つらいときこそ今もっている生活をきちんと続けたほうがいい」と言われ、韓国に残りました。結果的には現在のような基盤が築け、そのときの韓国の方々の言葉には感謝しています。今後は仕事の仕上げをどうまとめ後輩に引き継ぐかということも考えていきながら、日々の業務を実行していくつもりです。
インタビューを終えて…
山口さんに感じられたのは、人や物事との距離のとりかたに絶妙な感性、あるいは気遣いがあること。それらは長年のホテルでの業務、また俳句という表現活動の中で培われてきたものなのかもしれません。ご本人は「ちょっとおせっかいな性格なのかもしれませんね」と笑いますが、細やかな努力の積み重ねで今後も多くのお客様を支え、歴史あるホテルを支えていただくことを期待しています。
ベストウェスタンプレミア ソウルガーデンホテル
1979年に「ソウルガーデンホテル」としてオープン。1997年「ホリデイインソウル」を経て、2007年より世界80カ国4200余軒のにおよぶ展開を行なうベストウェスタンインタショナルグループ「ベストウェスタンプレミア ソウルガーデンホテル」として新たに出発。韓国内のグループホテルは「ベストウェスタンプレミア ホテル国都(クット)」など8軒。
住所:ソウル市 麻浦区(マポグ) 桃花洞(トファドン) 169-1
電話:02-717-9411
ホームページ:www.seoulgarden.co.kr