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  • 地下鉄駅から始めるソウル街歩き~新堂駅~
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  • 本日のテーマ:新堂=神堂?様々な「境界」がかくされた下町を歩こう
    神霊をまつった「新堂」に由来する、ミステリアスな地名
    コースの距離:約2km、所要時間:60分
    2・6号線新堂(シンダン)駅を基点とする新堂洞は、ファッションタウン・東大門(トンデムン)の隣に位置するエリア。「新堂洞トッポッキタウン」やソウル6大市場に数えられる「ソウル中央市場」のある街として知られます。

    実は新堂は、同じ発音の「神堂(シンダン)」に由来。神堂とは民俗信仰である巫俗(ムソッ)において神霊をまつった場所のこと。かつて一帯には神堂が集まっていたといわれます。ミステリアスな地名を手がかかりに周囲を歩くと、活気溢れる下町にはソウルの様々な「境界」が隠されていました。
    ※巫俗とは: 朝鮮半島に古くから伝わる土着のシャーマニズムで、巫堂(ムーダン)という呪術者(女性の場合が多い)が従事。クッと呼ばれる儀式により、家でよくないことが起こったときの悪霊祓い、先祖供養、吉凶の占いなどを行なう。
    コース01 朝鮮時代の都の境界と、巫堂の文化
    ~光煕門から新堂駅付近~
    都城の内外を隔てた光熙門とソウル城郭
    1396年、都城構築とともに造成された光熙門
    1396年、都城構築とともに造成された光熙門
    「新堂…神堂」の地名は、周囲の地理から紐解くことができます。新堂駅8出口を東側に進むと、ソウル四小門のひとつ・光熙門(クァンヒムン)(地図赤1)とソウル城郭(地図内矢印)が現れます。

    これらは朝鮮時代に都を囲うように設置されたもので、首都の内外を隔てていました。また光熙門は、死者を都外に運びだすための通り道にも利用されていました。一方で巫俗は同時代、儒教の教えを重んじる流れから異端とされて都の外に排斥。
    また巫俗は生死と関わるとされており、これらの理由から、神堂が光熙門のすぐ外側にあたる現在の新堂洞界隈に集中するようになったといわれます。
    現在も街に溶けこむ、神霊と人との境界文化
    白が天、赤が地の神を表す旗
    白が天、赤が地の神を表す旗
    神霊と人とをつなぐ巫俗の文化は、地名だけに名残をとどめているのでしょうか。巫堂は韓国社会に根づいた風習として現存しており、年配の女性を中心に、人々は今も巫堂に占いや儀式を依頼します。

    巫堂の家である神堂の特徴は赤と白の旗を掲げ、玄関に卍の文字を飾り、「○○菩薩」などの看板を掲げていること(ただし近年は一般の占い館でも権威付けのために「卍」の字を掲げることが少なくありません)。これらは住宅街を中心にソウル市内の各地に見られ、新堂駅付近の住宅街でも多くの看板を目にすることができます(地図赤2)。
    巫堂の家の入口
    巫堂の家の入口
    卍の文字
    卍の文字
    卍 足をのばして:地域祭礼としての巫俗文化が残る杏堂洞 卍
    往十里駅と杏堂駅の付近が杏堂洞
    世襲の巫堂に護られてきたアガシ堂。

祭礼では13のクッの儀式を行なう
    世襲の巫堂に護られてきたアガシ堂。
    祭礼では13のクッの儀式を行なう
    巫堂は作物の豊饒や村の安楽祈願の儀式を行なうなど、その範疇は個人や家庭にとどまらず、共同体レベルにも及んでいました。都市化された現代のソウルでは、地域のハレの場;つまりコミュニティの儀礼としての巫俗はほとんど見られなくなりましたが、新堂洞の近くには巫堂によるクッの儀式が今も保存されている場所があります。新堂と同じく地名に「堂…祠」を冠した杏堂洞(ヘンダンドン)に位置する「アガシ堂」(地図青1)です。

    アガシ堂とは、アガシ(「王女」を敬った言い方)の神を祀った祠で、1700年代にルーツとなる神堂が建てられたとされます。かつてアガシ堂に植えられていた杏の木から「杏堂洞」の地名がつけられるなど、地域と深く関わりのある場所です。

    現在も旧暦の4月には御神体を称える儀式「誕辰祭(タンシンチェ)」が、10月には地域の安寧と平和を祈る「大同祭(テドンチェ)」が開催。これらはソウル市無形文化財に指定されており、地域住民や一般の見学者も訪れる、地域の祭りのような存在です。(写真は2013年の大同祭の様子)
    住宅街の中に位置する アガシ堂
    住宅街の中に位置する アガシ堂
    年に2回、小さな祠が一杯になる
    年に2回、小さな祠が一杯になる
    神事を伝え聞く巫堂
    神事を伝え聞く巫堂
    住民も訪れる

「地域の祭り」のような存在
    住民も訪れる
    「地域の祭り」のような存在
    コース02 進行形の街の境界
    ~黄鶴洞から上往十里ニュータウン建設地~
    ここまで巫俗の文化を観てきましたが、新堂駅の付近には、また異なる街の境目も広がっています。それが、都市の再開発です。

    新堂駅の付近は、昔ながらの下町と大規模な再開発の現場が交わる場所でもあります。現代の韓国社会を映しだす「境界」を、少し歩いてみましょう。
    韓国の再開発は、広い区画を使って一気に建設が進むのが特徴。新堂駅と上往十里駅との間にある往十里ニュータウンも、一つの街ほどの広大な区域がまるごと工事現場となっている場所です。新堂駅の2号線側を出てすぐは、ソウル中央市場黄鶴洞厨房家具通りがある昔ながらの下町。

    一方、道路を境に通りがすっぽりとフェンスに覆われた場所が往十里ニュータウンです。工事は2000年代後半から本格的にスタート。歩行者の目線からはまだフェンスの向こう側は見えませんが、長くのびたクレーンと絶え間なく聞こえる金属音から、工事がまさに進行中であることがわかります。
    ソウル中央市場のある駅前
    ソウル中央市場のある駅前
    通り右側がまるごと再開発の現場に
    通り右側がまるごと再開発の現場に
    フェンスに掲げられたマンション分譲の垂れ幕
    フェンスに掲げられたマンション分譲の垂れ幕
    実はこの界隈、かつては町工場などとともに豚のホルモン焼き料理・コプチャンの専門店が集まった「往十里コプチャン横丁」(地図緑1)として知られる場所でした。再開発で、ほとんどの店が移転や閉店を余儀なくされたため横丁は消滅。現在は横丁の端に位置した「往十里コプチャン」(地図緑2)が、その名残を留めています。街歩きの最後にぜひ立ち寄ってみましょう。

    地図からもはっきりとわかる再開発の境界線。数年後にはまた別の風景を浮かび上がらせるのでしょうか。そんな進行形の街の変化に思いをはせながら、昔から変わらないコプチャンの味を確認したところで、今回の街歩きは終わりです。
    コプチャンは下町料理のひとつ
    コプチャンは下町料理のひとつ
    かつての往十里コプチャン横丁
    かつての往十里コプチャン横丁
    交差点の角に残る「往十里コプチャン」(写真右のピンクの看板)
    交差点の角に残る「往十里コプチャン」(写真右のピンクの看板)
    地下鉄から始めるソウル街歩き
    明洞(ミョンドン)などの人気観光地はもちろん、ソウル市内各地や地方都市まで定期的に更新をしている「コネスト韓国地図」。何気なく見ているだけでもちょっとした旅行気分を楽しめますが、中には気になる地名や場所があったりしませんか?

    そこで「コネスト韓国地図」を手にしながら、気になる場所を実際に歩いてみる街歩き企画を、全12回にわたってお届けします。次回の街歩きもご期待ください。

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