ラムサール条約に登録された貴重な湿地保護地域である
順天(スンチョン)湾で知られている全羅南道(チョルラナムド)
順天(スンチョン)市の山間に松広寺(ソングァンサ)はあります。松広寺は仏教における三宝(仏、法、僧)のうち、「僧」を擁する寺として韓国の三宝寺に数えられています。ちなみに残りの二つは「法」が大蔵経のある慶尚南道(キョンサンナムド)の
海印寺(ヘインサ)、「仏」が 釈迦の仏舎利と袈裟を奉安している釜山(プサン)近郊の
通度寺(トンドサ)です。
松広寺の正確な建立年代の記録はありませんが新羅時代の末期と考えられています。創建当時は吉祥寺と名づけられた小規模な寺でしたが、高麗時代の高僧、普照国師(ポジョクッサ、1158~1210)がこの地にやって来た後に大きく発展しました。国師(クッサ)とは国が認定した最高の僧職で仏教信仰の篤かった新羅、高麗時代には大変な尊敬を集める地位にありました。寺院の発展に伴い松広寺は高麗末期までの180年間になんと16名の国師を輩出。僧という宝を持つ三宝寺のひとつと言われるようになりました。
松広寺の見どころのひとつは、松広寺の象徴と言える16名の国師の肖像画を奉安している国師殿(国宝第56号)です。また博物館には多くの遺物が保管されており、なかでも国宝第42号の木彫三尊仏龕(仏龕(ぶつがん)とは仏像などを安置する容器のこと)は松広寺を代表する宝物です。高さわずか14.5センチ、白檀で作られた小さな仏龕の優美さに目を奪われることでしょう。
朝鮮時代に入り仏教の衰退、 文禄・慶長の役(1592~1598年。韓国では壬辰倭乱(イムジンウェラン)と呼ばれる)による焼失、近代には朝鮮戦争による焼失など幾多の苦難を乗り越えながらも人々の信仰のよりどころとして、現代にまで引き継がれてきました。現在はテンプルステイを実施するなど、体験施設としても人気を集めています。