韓国一の穀倉地帯、多くの日本人が移り住んだ街
全羅北道(チョルラプット)金堤市(キムジェシ)は昔から穀倉地帯で知られており、米作りのほか、果物栽培なども盛んな地域。そのため、この豊かな土地を求めて日本支配期には多くの日本人が移り住んだ歴史があり、今も日本式の家屋や建物が残されています。金堤駅近くの新豊洞(シンプンドン)日本式家屋の他、旧橋本農場事務所など、当時を伺い知ることのできる建物は近代史の歴史遺産として文化財指定をされています。内部見学はできませんが、外観の見学は可能。いずれも金堤駅を基点にタクシーで30~40分の距離に点在しています。
韓国一の穀倉地帯、米どころの金堤
 万頃平野
全羅北道(チョルラプット)の 金堤市(キムジェシ)は穀倉地帯で知られる万頃平野(マンギョンピョンヤ)を抱えています。
万頃平野は万頃江(マンギョンガン)下流に広がり、韓国で最も広い平野で、韓国で唯一地平線が見えると言われています。
古くから農耕が行われた地域で、百済時代には韓国最古の貯水池碧骨堤(ピョッコルチェ)が建設されました。
現在も米、麦、大豆などの生産が盛んで、リンゴ、マクワウリ、ブドウなどの栽培も行われています。
 菱堤(ヌンジェという名のこの貯水池も農業用水確保のため、日本人による拡張工事が行われた
日本の支配期には、この豊かな土地を求め、大勢の日本人が金堤にやってきて農地経営を行いました。金堤で生産された米を北部の 群山(グンサン)市に運び、日本に輸出するためです。
そのため金堤と群山の間は重要な輸送路であったため、韓国初の舗装路が敷かれたのはこの区間であったと言われています。
こうした歴史的背景があるため、一般家屋、農業事務所、商店などの建築物をはじめ、貯水池や灌漑用水路など、現在に至っても金堤市の各地に日本の支配期の形跡が残っています。
金堤市内で見られる日本式家屋
新豊洞(シンプンドン)日本式家屋
住所:金堤市新豊洞13-52 位置
アクセス:金堤駅を出て、左方向に直進し、横断歩道を渡ってすぐ左折します。100メートルほど進むと右側にあります。
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金堤駅のすぐ向かい、100メートル先にあるこの住宅は、1928年に建設された木造2階建て、広さは99.1平方メートル(約30坪)の日本式家屋です。
周辺の日本人農場を管理していた人物の住宅で、登録文化財第187号に指定されています。現在は一般人の住居のため、内部は公開されていませんが、外部の雨戸や格子戸、板壁、桧皮壁などを見ることができます。
畳を オンドルにするなどの一部改造はあるものの、全体的に当時の姿を残しています。
新豊洞日本式家屋周辺
金堤駅前には、文化財として登録されている建物は上記1つだけです。
しかし、周辺を散策してみると、現在は地元の人が暮らす住宅や空き家の中に、切妻屋根の形状など日本式家屋の面影を残す住宅に出会うことができます。 位置
金堤駅近くには日本支配期に建てられた 韓屋(ハノッ)があります。精米所を運営していた財力者、孫孝誠(ソンヒョソン)の住宅です。
敷地が三角形のため、門が敷地の角に置かれるという伝統韓屋にはない方式やガラス戸が使用されるなど、近代韓屋の特徴が見られるとされています。登録文化財第219号。
新豊洞孫孝誠家屋
住所:金堤市新豊洞48-1 位置
アクセス:金堤駅を出て、200メートルほど直進し、最初の角を右折。左に小学校を見ながら150メートル進むと前方に見えます。
 見た目は普通の韓国の商店街
市内伝統市場周辺
金堤駅から少し離れ、市内中心部にある伝統市場のすぐ近くの商店街にも日本式家屋や当時の建物がそのまま使用されている様子を伺うことができます。
いずれも現在、住宅や商店として利用されており、文化財ではありません。
(写真上段)商店街位置 (写真下段)住宅位置
万頃平野に残された日本人コミュニティの跡
旧橋本農場事務所
住所:金堤市竹山面(チュッサンミョン)竹山里(チュッサンリ)570-6 位置
アクセス:金堤駅からタクシーで17分
日本の支配期に金堤一帯を取り仕切っていた大農場が東洋拓殖株式会社をはじめ9つあり、その1つが小説「アリラン」にも登場する橋本農場です。
橋本農場は1916年に農場経営を始め、1931年には株式会社橋本農場となり、所有地は350町歩(350ha)、市有地90町歩(90 ha)、小作人550人にのぼる規模であったと言います。
旧白鴎金融組合
住所:金堤市白鴎面(ペックミョン)月鳳里(ウォルボンリ)624-2 位置
アクセス:金堤駅からタクシーで28分
正確な建設年度は不明ですが、日本支配期の農業政策支援のために設立された金融組合の建物で、西洋式と日本式の折衷様式です。
玄関は左側に寄った位置にあり、破風には装飾窓がつけられ、縦長の窓には盗難防止の柵が設けられています。内部には金融機関であったことを物語る金庫が残されています。
長い間、蔦に覆われ建物が判別できないほどでしたが、近年整理され、当時の姿を見ることができるようになりました。登録文化財第186号。
 柵が設けられた窓
 老朽化した内部
 金庫も当時のまま
注記
登録文化財第220号のファン・ビョンジュ家屋(宗新里(チョンシンリ)日本式家屋)は2011年3月~2011年7月まで補修工事のため、紹介していません。
住所:金堤市竹山面宗新里72-1 位置
アクセス:金堤駅からタクシーで24分
日本と韓国の歴史をふりかえる時間を
金堤という地名は黄金色に染まる田を表す「金」と農業用の貯水池を意味する「堤」に由来しているそうです。
どこまでも広がる穀倉地帯、この豊かな土地をめぐって、日本と韓国の間には様々な歴史がありました。しかし、当時の建物や施設をそのまま利用している例も多く、歴史は過去のものではなく、確かに現代へつながっているものであることを感じさせられます。
バスで1時間ほどの距離には、韓屋やビビンバ発祥の地で知られる 全州(チョンジュ)、同じく日本式家屋が多く残されている群山があります。これらとあわせて全羅北道の旅を計画してみてはいかがでしょうか。
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お店データ
| 店名 |
金堤 日本式家屋 |
| 電話番号 |
063-540-3031~3036(金堤市文化観光課) |
| 営業時間 |
なし |
| 休業日 |
なし |
| 日本語 |
不可 |
| その他外国語 |
不可 |
| 支払方法 |
無料 |
| Eメール |
なし |
| 関連サイト |
gimje.grandculture.net |
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