西生浦倭城

ソセンポウェソン / 서생포왜성
5.0
(2件)
なし
なし
*登録日時点の情報のため、変更する可能性があります。

文禄・慶長の役で加藤清正によって蔚山に築かれた城

ピックアップ!お店紹介口コミ

​韓国に残っている倭城の中では最大級で、かつ保存状態がよいとされているのが加藤清正によって築城された西生浦倭城です。
海雲台市外バスターミナルから蔚山行きのバスに乗って「南倉」で下車。そこで蔚山の市内バスに乗り換えて、「西生浦倭城前」まで行きます。

小高い山に登る手前から城の石垣が見えてきます。
本丸のほか二の丸、三の丸が配置されていたというから、かなり規模の大きな城だったようです。以前、子城台の倭城跡を見たことがありますが、あれとは比べものにならないくらいの大きさです。

城には攻防の要衝とも言える「虎口」や「曲輪」が設けられ、石垣が複雑に入り組んだ構造になっています。
頂上にある天守台跡や一部崩れかけた石垣の前に立つと、人の世の栄枯盛衰、過ぎ去った時の流れが感じられます。

満開だった桜もすでに散ってしまい、今はひっそりとしています。聴こえてくるのは風に揺れる新緑の葉擦れの音だけです。
その新緑の彼方に鎮下の海が見え、なかなかいい眺めです。加藤清正をはじめ、将兵たちもこの景色を眺めていたものと思われます。

帰り際、入口にある案内所の女性係員から次のような話を聞きました。
現在、蔚山市は熊本市と友好都市の関係にあり、さまざまな交流が行われています。熊本市内には蔚山という町名まであり、さらにこの地から渡っていった韓国人の子孫が西生(にしお)という姓を名乗っているということでした。
興味深い話でしたが、再び祖国の地を踏むことのなかった人たちの身の上を思うと切ないものがありました。

韓国に残る日本の遺構に関心のある向きにお勧めの西生浦倭城です。(5月3日訪問)






口コミ投稿 by Kosetsuさん

紹介動画

※「KNN(釜山慶南放送局)Youtubeチャンネル」にて他の動画もご覧ください。

お店データ

店名 西生浦倭城
電話番号 052-204-0321(蔚州郡文化観光課)
営業時間 なし
休業日 なし
日本語 不可
関連サイト なし
  • 無料
  • 散策
  • 夜景・ムード
  • 文化財
  • 世界遺産
  • ファミリー

お店データは日々最新の情報を保つべく調査・更新しておりますが、お客様の訪問時に変更している場合があります。「営業時間が異なる」「閉店していた」等の変更がありましたら、「口コミ」より編集・閉店申告にご協力ください。

地図・アクセス

[地番住所]
蔚山広域市 蔚州郡 西生面 西生里 711, 一帯
(울산광역시 울주군 서생면 서생리 711, 일대)

韓国旅行おトク情報

ユーザー口コミ

5.0
(2件)
最大級の倭城
コンリーさん
<2018年6月上旬訪問>
蔚山に行った折に、蔚山市バス715番に乗って訪問しました。
NAVER地図などで検索すると、蔚山市街地~西生浦倭城前まで所要100~120分と出てきましたが、鶴城公園~西生浦倭城前は50分で到着しました。
先に行った蔚山倭城(鶴城公園)は小高い丘程度のものでしたが、西生浦倭城は『山』という感じで、坂の勾配もやや急で登るのに息が切れました。

一部の石垣は崩れていましたが、築城の名手・加藤清正が築いたものだから今も状態良く残っているのだろうと思うことにして、海を眺めました。
日本列島が見えるわけでもなく、豊臣秀吉は中国大陸を支配する足掛かりとして朝鮮半島に出兵したと聞きましたが、無謀が過ぎたのでは?と感じました。

登り口の小屋に2名+城の頂上の小屋に1名の係員を配置し、パンフレットも置いてあり、観光促進に力を入れているようです。平日午前で、私の他に2名の観光客が来ていました。

715番バスは40分間隔と運行本数が少ないですが、バス停に「〇分後到着」の運行状況が表示されるので、不安なく待つことが出来ました。(待ち時間が長い場合はバス停一つ分歩いて鎮下まで行くと、色々なお店があって時間をつぶせると思います)
新緑の倭城跡~兵どもが夢の跡。
Kosetsuさん
​韓国に残っている倭城の中では最大級で、かつ保存状態がよいとされているのが加藤清正によって築城された西生浦倭城です。
海雲台市外バスターミナルから蔚山行きのバスに乗って「南倉」で下車。そこで蔚山の市内バスに乗り換えて、「西生浦倭城前」まで行きます。

小高い山に登る手前から城の石垣が見えてきます。
本丸のほか二の丸、三の丸が配置されていたというから、かなり規模の大きな城だったようです。以前、子城台の倭城跡を見たことがありますが、あれとは比べものにならないくらいの大きさです。

城には攻防の要衝とも言える「虎口」や「曲輪」が設けられ、石垣が複雑に入り組んだ構造になっています。
頂上にある天守台跡や一部崩れかけた石垣の前に立つと、人の世の栄枯盛衰、過ぎ去った時の流れが感じられます。

満開だった桜もすでに散ってしまい、今はひっそりとしています。聴こえてくるのは風に揺れる新緑の葉擦れの音だけです。
その新緑の彼方に鎮下の海が見え、なかなかいい眺めです。加藤清正をはじめ、将兵たちもこの景色を眺めていたものと思われます。

帰り際、入口にある案内所の女性係員から次のような話を聞きました。
現在、蔚山市は熊本市と友好都市の関係にあり、さまざまな交流が行われています。熊本市内には蔚山という町名まであり、さらにこの地から渡っていった韓国人の子孫が西生(にしお)という姓を名乗っているということでした。
興味深い話でしたが、再び祖国の地を踏むことのなかった人たちの身の上を思うと切ないものがありました。

韓国に残る日本の遺構に関心のある向きにお勧めの西生浦倭城です。(5月3日訪問)
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