民主化運動記念館(旧 朴鍾哲記念館)

ミンジュファウンドンキニョムグァン / 민주화운동기념관
5.0
(3件)
ソウル特別市 龍山区 漢江大路71キル 37
10:00~18:00(最終受付17:00) ※M1は自由観覧、M2は事前予約制
月曜 ※月曜が祝日の場合、営業し翌日休業、1月1日、旧正月・秋夕(チュソク)の当日
*登録日時点の情報のため、変更する可能性があります。
※M2観覧は事前予約制で、予約が埋まっていない場合に、入口インフォメーションデスクにて当日受付できます。

1980年代の韓国民主化を現場で学ぶ、無料展示館

「民主化運動記念館」は、軍事政権下で韓国各地に広がった民主化運動の歩みを、当時「国家暴力の象徴」とされた建物を舞台に、パネルや資料展示を通して伝える無料の展示施設です。1980年代に拷問による死亡事件が相次いで発覚し、新聞報道をきっかけに民主化運動が全国へと波及。1987年の民主化宣言へと至るまでの過程を、当時の生々しい施設や資料とともに学べ、館内は終始、厳かな空気に包まれています。

場所は「ソウル駅」のすぐ南側、南営洞(ナミョンドン)と呼ばれるエリアにあり、すぐ隣には地下鉄1号線やKTXが行き交う線路が通っています。2025年にリニューアルオープンし、新設された入口・展示施設がミュージアム1(M1)、かつて拷問施設として使用されていた建物がミュージアム2(M2 ※予約制)として公開されています。

紹介動画

※「民主化運動記念事業会 Youtubeチャンネル」にて他の動画もご覧ください。
施設紹介
入口・受付(アクセス・行き方)
記念館へは、地下鉄1号線「南営(ナミョン)駅」、または4号線「淑大入口(スッテイック)駅」から徒歩で訪問できます。

大通りから一本入った路地に位置し、最初に見える出入口は「出口専用」のため入場できません。必ず南側にある「入口」から入場してください。
入口
入口
「民主化運動記念館」と表示
「民主化運動記念館」と表示
入口を入るとすぐに受付があり、「ミュージアム1」は予約不要・常時無料で観覧できます。

一方、「ミュージアム2」は時間指定の予約制となっており、事前予約が埋まっていない場合に限り、当日受付ができるので、到着後まず受付でミュージアム2の当日予約を済ませてから、ミュージアム1の観覧に進むと、効率よく見学できます。
ミュージアム1(M1)
入口・受付のある建物から、観覧ルートに従って地下へと降りた空間に位置するのが「ミュージアム1」です。

館内では、民主化運動の歴史的な過程をパネル展示で時系列に紹介。写真や声明文、参加者の証言映像などを通して、当時の空気感や社会的緊張が視覚・聴覚の両面から理解できます。
日本語にも切り替えれるデジタル展示
日本語にも切り替えれるデジタル展示
デジタル機器で多数の写真資料が閲覧できる
デジタル機器で多数の写真資料が閲覧できる
ミュージアム2(M2) ※予約制
ミュージアム2
ミュージアム2
ミュージアム2は、かつて拷問施設として使用されていた「南営洞 大公分室」を保存・公開した空間で、韓国の民主化運動を語るうえで極めて重要な実在の歴史現場です。

1980年代の軍事政権下、警察の対共(反体制)捜査機関として運営され、民主化運動に関わった市民や学生、活動家らが連行され、長時間の取り調べや拷問が行われていました。
2017年に公開された韓国映画「1987、ある闘いの真実」を見て訪問する映画ファンも多く、映画のロケ地としても使われました。1階から5階までの5フロアが見学できます。
朴鍾哲(パク・ジョンチョル)拷問致死事件
1987年、大学生の朴鍾哲(パク・ジョンチョル)が拷問によって致死した事実が公になり、新聞報道を通じて社会に大きな衝撃を与えます。これを契機に民主化を求める世論と抗議運動が一気に拡大し、同年の6月民主抗争、さらには大統領直選制を柱とする民主化宣言へとつながりました。
建物は外部から内部が見えにくい構造で、迷路のような動線や狭い階段、隔離された取調室など、当時の用途を色濃く残しています。現在は過度な演出を加えず当時の姿を保ったまま公開され、静寂の中で国家暴力の現実と向き合う場となっています。

お店データ

店名 民主化運動記念館(旧 朴鍾哲記念館)
電話番号 02-6440-8800
営業時間 10:00~18:00(最終受付17:00) ※M1は自由観覧、M2は事前予約制
休業日 月曜 ※月曜が祝日の場合、営業し翌日休業、1月1日、旧正月・秋夕(チュソク)の当日
日本語 不可
その他外国語 不可
支払方法 無料
Eメール なし
関連サイト kdemo.or.kr
  • 無料
  • 散策
  • 夜景・ムード
  • 文化財
  • 世界遺産
  • ファミリー

お店データは日々最新の情報を保つべく調査・更新しておりますが、お客様の訪問時に変更している場合があります。「営業時間が異なる」「閉店していた」等の変更がありましたら、「口コミ」より編集・閉店申告にご協力ください。

地図・アクセス

ソウル特別市 龍山区 漢江大路71キル 37
(서울특별시 용산구 한강대로71길 37)
[地番住所]
ソウル特別市 龍山区 葛月洞 98-8
(서울특별시 용산구 갈월동 98-8)
1号線 南営駅
1番出口 徒歩3分
地下鉄検索
4号線 淑大入口駅
7番出口 徒歩6分
地下鉄検索

韓国旅行おトク情報

ユーザー口コミ

5.0
(3件)
次回こそぜひ!笑
会員9394131751さん
3度通っていますが、一度もまだ中に入れず笑。
ですが、韓国現代史が好きで、民主化運動のことについて興味がある人にとっては、
この場所は絶対に外すことのできない歴史スポットです。

以下、ぽこぽこ日和さん@はてなブログさんからの引用抜粋です。
https://gashin-shoutan.「他社サイトへのリンクはご遠慮下さい」/entry/2017/06/29/210000

朴鍾哲(박종철:パク・チョンチョル、1965-1987)烈士とは、いまをさかのぼること30年あまり前の1987年1月14日に警察の拷問によって死に至らしめられた、当時21歳、ソウル大学校人文大学言語学科の3年だった人物です。
1987年1月13日の深夜、ソウル市内の下宿にて治安本部対共分室の捜査官6人により拘束。指名手配中となっていた大学の先輩の行方を聞き出すべく「南営洞対共分室」(남영동대공분실:ナミョンドン・テゴンブンシル)へ連行され、捜査員による電気や水などを用いた激しい拷問を受けた結果、死に至らしめられるという事件(朴鍾哲拷問致死事件)の犠牲となりました。

事件発覚後、当時の治安本部長が会見にて「机を『タッ』(탁:強く叩いたときの擬音語)と叩くと『オッ』(억:驚いたり倒れたりするときに出す声)と声を上げて倒れた」という到底納得できない釈明をしたうえ、遺体の解剖で拷問と思しき痕跡がいくつも見受けられたにもかかわらず家族の許可も得ぬまま火葬に付し、さらには拷問に携わった捜査員のうちわずか2名の処分だけで幕引きを図ろうとしたことなどから、この事件をきっかけに市民たちの権力への不信は急速に高まります。

この「警察庁人権保護センター」の建物こそがかつて「南営洞対共分室」と呼ばれ市民たちに恐れられた施設であり、朴鍾哲烈士が殺害されたその場所です。その意味で「朴鍾哲記念展示室」の設置にふさわしい場所だと言えるでしょう。
そしてこの5階には、「調査」の名目で民主化運動の人士たちに拷問を加え自白を強要した現場である「調査室」が、現在もほぼそのままの姿で残されています。

その名に「対共」とあるように、本来この「南営洞対共分室」は朝鮮民主主義人民共和国の間諜(スパイ)や「パルゲンイ」(빨갱이:「アカ」)を取り締まるための施設でしたが、朴正煕(빅정희:パク・チョンヒ、1917-1979)・全斗煥の両大統領による軍事政権下では、民主化運動に携わる人々など反政府人士とされた人々を拘束・収容し、真偽にかかわらず政権側に好都合な自白を得ることを目的に拷問を加えるための場所として主に用いられました。
(引用以上)

この建物は、観光スポットと捉えるには大変軽率で不敬に当りますが、大韓民国民主化運動を学ぶ上で外すことができない場所の一つと言えると思います。映画[1987」にその当時の生々しい事象が描かれていますので、興味のある方はぜひ。

施設概要:
開館:火曜ー日曜まで 10am-6pm
休館:月曜・1/1, 韓国の旧正月(2月の3週目あたり:毎年カレンダーで要チェックです)、秋夕(チュソク):9月の4週目あたりが3連休になるのでその時)
入場無料
アクセス:地下鉄1号線でソウル駅の次の駅「南営駅(ナミョン)」で下車、徒歩3分です。
歴史と向き合う記念館
おかみさんとさだきちさん
以前は朴鐘哲記念館

たまたまソウルから乗った電車、車窓から見つけた「何か博物館みたいな新しい建物」。全部聞き取れなかったが「・・democracy・・museum・・・」と車内放送。
ソウルから一駅、南営駅から徒歩3分。
もともとあった旧南営洞対共分室(M2) の敷地に新たに常設・特別展の展示棟(M1)、
教育棟(E)を併設してオープンしたのが2025年6月10日。

■M1
韓国の民主化運動の歴史の展示と、民主主義を改めて考えさせられる空間。
それぞれ壁面一杯の「LED タッチスクリーン」は日本語でも表されとても分かりやすい。
2001年から民主化運動に関する史料を寄贈してくれた日本人を含む個人・団体も記録されている。
後半には民主主義を小学校低学年でも理解が進められるような内容もあり、来館者のキャッチメントエリアを拡大している。

■M2
1987年「6・10民主化抗争」の発端となった民主化運動リーダーの朴鐘哲が拷問致死に至った建物、定礎には1976年と刻まれている。
悲劇の場所、取調室が生々しくも丁寧に保存されている。胸がつぶれる思いだが、民主化を悲願として命がけで勝ち取ったシンボルとして保存しているのだから、韓国国民に敬意を払う思いで見学。
通常は施錠されており、来館の際は先ず M1 受付で時間予約し、M1観覧
時間になったら再度受付集合、M2へ移動
定期解説は毎日М1、2共に各2回とのことですが時間は不明
わたくしたちは他の観覧者2名と一緒にM2の建物入口を開鍵して貰い、自由観覧でした

【感想】
改めて日本人の「無知の知」を思い知らされるとともに、韓国の「黒歴史でもしっかりと記録し伝承する」強烈な意思を実感する。
建国を1948年とすれば1988年ソウルオリンピックまでの間、軍事・独裁政権下で庶民はずっと民主化を目指してきたのか・・・。

翻って日本、憲法はGHQが1週間で作ったのでは・・・。
そもそも慰安婦問題・強制労働問題、遡れば秀吉の朝鮮出兵時の敵兵耳鼻剃り落とし・関東大震災時の朝鮮人虐等々・・・学校では教えなかった。
日本は自らの黒歴史を認知しない・させない悲しい文化が歴然とある。
大人になった日本人は他山の石として未だ未だ勉強していかないと・・・。


.
行ってみましたが
会員7787625759さん
10月15日に行ってみましたが、敷地内に入ると職員の方が出て来て「今は工事中なので見学出来ない」と言われ中を見る事が出来ませんでした。
建物の写真は撮ってもいいと言う事でしたので2.3枚写真を撮って帰りました。残念ですがまた行きたいと思います。
君を忘れない。
Kosetsuさん
地下鉄1号線南営駅の近くに、韓国の著名な建築家・金寿根が設計した黒い煉瓦造りの建物があります。この建物には現在、警察庁人権保護センターが入っています。
見学を申し込んで1階の入口で待っていると、感じのいい若い私服警察官が現れて、奥に展示されているパネルを順次説明してくれます。概ね次のような内容でした。

軍事政権時代、ここには治安本部対共分室があった。民主化運動を徹底して抑え込むため、活動家学生などを拷問で締め上げてでも組織実態などを割り出した部署だ。

1987年1月、当時ソウル大生だった朴鍾哲(パク・ジョンチョル)が、同分室捜査官の拷問により死亡。当初は事故死を装ったが、マスコミが察知し拷問致死事件として報道したことから、世に知れ渡るところとなった。

彼の死は、多くの学生、市民を民主化闘争に起ち上がらせるきっかけともなり、その年の「6月民主抗争」の爆発的な高揚をもたらした。独裁打倒!のシュプレヒコールが半島を揺るがしたのだ。衝撃を受けた盧泰愚候補側は、事態を収拾しようと大統領直選制=改憲を軸とする「6.29民主化宣言」を発表するに至った。

軍政と対峙し、民主化闘争の最前線に立ってきたのは学生たちだ。彼らは新しい時代の扉をこじ開ける栄光を担ってきたが、その陰で朴鍾哲のように夜明けを前に散って行った束の間の青春も少なからずあった。

続いて建物の裏手に回り、狭い入口の奥に設置された鉄製の螺旋階段の説明をしてくれます。被疑者は、ここから調査室(留置室)のある5階まで目隠し状態で上らされました。上ることによって、方向と高さの感覚が失われていったといいます。

5階にはかつての調査室が原型のまま保存されています。その中に朴鍾哲の遺影が飾られ、花が手向けられている部屋があります。
出入口用のドアと調査室のドアが形状も色も全く同じ。どこから入って来たのか、どこから出て行くのか被疑者にはわからないようにできていました。

4階は朴鍾哲記念展示室で、彼の遺品や写真、絵画、当時の新聞記事、報道写真などが展示されています。
「吹く風 流れる水は 君を忘れない」
記帳用ノートに、そう書かれたページがありました。

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