秋夕やソルラルに先祖を迎える祭礼
茶礼(チャレ)は、 ソルラル(旧正月)や 秋夕(チュソク)といった 名節(ミョンジョル、民俗的な祭日)の朝にされる、先祖の霊を迎え入れるための祭礼です。各家庭で祭壇に茶礼床(チャレサン)と呼ばれる20種類を超す食べ物を供え、拝礼など一連の儀式を実施。終了後には墓参りにいきます。供える料理から進行まで、各家庭や地方、また時代によって少しずつ異なってきます。韓国独特の文化・茶礼をご紹介します。
似ていながら異なる、茶礼と祭祀(チェサ)
茶礼と似たものに祭祀(チェサ)があります。祭祀とは、広くは神や祖先を祭る儀式のこと。その意味では茶礼も祭祀の一種といえますが、一般に祭祀というときは、故人の亡くなった日に開かれる法事・忌祭祀(キジェサ)を指します。茶礼と内容はほとんど変わりませんが、忌祭祀は深夜に、茶礼はソルラルや秋夕の朝に行なわれます。また故人の供養の意味が強い祭祀に比べ、茶礼は年の節目や収穫の喜びを、先祖を迎えながら祝うという趣。お供え物にも多少の違いが見られます。
茶礼の由来と移り変わり
茶礼の由来
朝鮮時代、冠婚葬祭の規範とされた 儒教・朱子の「家礼(カレ)」によると、ソルラルと冬至、毎月1日と15日に先祖を祀った社で参礼などの祭事を行なったとされます。また 端午(タノ)や秋夕(チュソク)、大晦日等の名節には先祖の霊に季節ごとの食べ物を捧げる行事が、1年に何度も行なわれていました。
これらが祭祀を簡略化した「茶を上げる礼」という意味で、茶礼と呼ばれるようになったと考えられています。儒教の影響から、当時は一部の成人男性のみが行なうことが決められていました。
ソルラルと秋夕の2回に
日本の帝国支配期には民俗祭礼を縮小する動きが出ます。1939年にはソルラルと秋夕にだけ茶礼を行なう旨と、その進行手順を定めた規則が出されました。
また、光復後の1969年に制定された「家庭儀礼準則」でも、祭祀に準じた範囲や手順で茶礼を行なうこと、奉げる食べ物などが定められ、近現代において茶礼は次第に統一、簡素化されていきました。
現代社会における茶礼
かつて女性は儀式に参加できなかった
女性の参加
男性中心主義の側面をもつ茶礼。女性は儀式への参加が認められませんでした。しかし近年は世相の変化も。全体を仕切るのが男性なのは変わりませんが、女性や子どもが参加する家庭も少なくないそう。
一方で料理等の準備は女性の役割。1日がかりで数十種の料理を揃えねばならない憂鬱から、ソルラルや秋夕の前には「名節シンドローム」という言葉も聞かれます。
旅行に出かけるなど名節の過ごし方も変化
茶礼を行なわない家庭も
祭祀や茶礼を行うのは、儒教の思想が根底にあります。そのため、韓国で約30%とされる キリスト教信者の場合、茶礼床をととのえず料理だけを準備し、名節を過ごす人々も。
また現在は、名節に対する考え方自体に変化が。連休となる秋夕やソルラルを旅行などに利用する人も増加しており、「去年は行なったけれど今年は行なわない」など、フレキシブルに捉える人も出てきています。
茶礼の方法もネットで検索?
いまや茶礼も「ネット時代」
茶礼の準備は、ソルラルや秋夕前の女性たちの悩みの種。そんな手間を省くために登場したのが、茶礼床の料理や用品のオンライン宅配サービスです。指定した日時に商品が到着、盛り付けるだけなので、外出先でも茶礼を行なうことができます。
また宅配まではいかずとも、ネット上には茶礼の準備から進行手順まで、事細かに説明したサイトが多数見られます。
茶礼に欠かせないお供え物「茶礼床」
茶礼に欠かせないのが茶礼床。先祖に供える料理・祭需(チェス)を並べたお膳のことで、様々な決まりにのっとって準備されます。
全体の配置・決まり
左が西、右が東
祭礼の主催者が先祖の霊を見たときに左側が西、右側が東になるように全体を配置。奥側中央に位牌にあたる紙榜(チバン)を置き、料理を並べます。お膳の奥には屏風を、手前には儀式に使う酒や線香を用意し、その前にござを敷いて儀式を行います。
また霊である先祖は刺激物を好まないという考えから、料理は全体的に淡白でシンプルな味付け。唐辛子やにんにくなど、刺激の強い食材の使用は避けられます。
詳細
1列目
先祖の霊から最も近い位置には、匙や箸、ご飯、汁物、秋夕の際には 松餅(ソンピョン。ソルラルの場合は トックッになる)を配置します。
2列目
魚や肉類、ジョン(韓国風ピカタ)が置かれます。「魚東肉西(オドンユッソ)」といって、魚は東側、肉は西側に置くルールに基づき、西側から鶏肉や肉炙(ユッジョッ:祭礼用に焼いた牛肉)、ジョン類、魚炙(オジョッ:祭礼用に焼いた魚)と配置します。魚は「頭東尾西(トゥドンミソ)」といい、頭は東側、尾は西側に置きます。
魚のジョン
魚炙
3列目
肉湯(ユッタン:肉入りの汁物)、素湯(ソタン:豆腐や野菜の汁物)、魚汁(オタン:干した魚の汁物)といった3種類の汁物を配置します。
4列目
「左脯右醯(チャポウヘ)」といい、左端に魚の干したもの、右端に シッケ(米のジュース)を並べる決まりがあります。真ん中には ナムルとナバッキムチ(薄切り大根を使った汁の多いキムチ)を置きます。
ファンテポ(干しタラ)
トラジ(キキョウの根)のナムル
シラヤマギクのナムル
5列目
果実や木の実を置きます。西からナツメ、栗、梨、柿を並べる「棗栗梨柿(チョユルイシ)」という決まりがあり、これら4種類は必ず準備。その他が加わる場合、全体として「紅東白西(ホンドンベッソ)」という、赤い果物を東に、白いものを西に置く決まりに従います。りんごや梨は上部を切り取って使用。端には薬菓(ヤックァ)やサンジャ(もち米を油で揚げた菓子)を並べます。
ナツメ
栗
梨
柿
その他
日本でいう位牌にあたるのが、祭礼の際の独特の文章を書いた紙榜。これが、神位(シニ)といわれる死者の霊が宿る場所となります。また料理の手前には儀式に使用される香炉や酒などが準備されます。
スーパーより安い市場の利用も増加
今年の茶礼床はいくら?
毎年秋夕やソルラルが近くなると、四人家族基準で茶礼床準備にかかる平均的な予算が発表されます。これはその年の食品物価の移り変わりを示した指標の1つ。それが国民に根づいた行事に結びつけて紹介される、韓国らしいニュースといえそうです。ちなみに2021年秋夕の茶礼床の平均費用は、野菜や卵などの値上がりから昨年より7.7%増加した、297,921ウォンだそう。(韓国消費者団体協議会調べ)
準備から進行まで 茶礼を再現!
何事も実際に見て、やってみないとわからないもの。ならば確かめようと、コネストでも韓国スタッフが中心となり、茶礼を再現してみました。茶礼の儀式は本来かなり複雑な形式ですが、現在多くの家庭では簡略化された動作のみ行ないます。コネストでも一般的だとされる進行に従いました。
※本来は茶礼の際、文字ではなく絵の描かれた屏風を使用します。
※一般的な茶礼の方式にのっとりましたが、あくまで再現です。参考としてご覧ください。
茶礼床準備
茶礼床セットが到着
茶礼床をイチから揃えるのは大変。そこで茶礼床の料理と道具を宅配で注文することに。某日朝10時、指定した時間ぴったりに茶礼床セットが到着しました!料理30種に酒や線香、ろうそくなどの一式と、器に屏風、テーブル、拝礼に使うござといった道具もこれでOK。
これらが全て到着
料理は冷蔵された状態で届く
注文したのは5人分程度の料理が
入った「核家族用」セット
てんやわんやの茶礼床準備
ここからの準備は自分たちで。並べるだけなので簡単に終わるだろうと思いきや、意外に大変。器はどれを使うか、料理を置く位置はどこか…家庭ごとに作法が若干異なるのはもちろん、何度も茶礼を経験したスタッフであっても、正確に記憶している人は皆無。サンプルの紙を見ながら、あれこれと悩みながら、なんとか形になるまでには1時間ほどかかりました。
コネストスタッフに聞いた、我が家の場合…
「先祖に供える膳なので、料理は1つずつ自分の家で手作りしています(ソウル市出身)」、「汁物は1種類のみ、ナムルは必ず5種類供えるなど、茶礼床に使う食べ物が少し変わってきます(永川市出身)」
茶礼の儀式進行
一連の動作
準備が全て整ったところで、茶礼床の前で儀式を進行。参列者が膝をついて礼を行なっては立つ、の動作を繰り返す韓国式の拝礼を行ないます。一般家庭では毎回茶礼を行なう中で祖父、父から息子へと方法が伝わっていくので、統一されたものではありませんが、全体のおおまかな流れは以下のようです。
主催者である祭主(チェジュ)が線香を立て、補助役が祭主に酒を注ぐ
祭主が線香の上で酒の入った杯を回す
補助役が酒を膳に供え、祭主が拝礼を2回半。続いて参列者が礼を行なう場合も
膳から杯を上げ、次の
拝礼者に渡す
受け取った杯の酒を器に空ける。何度かに分けて注ぐ場合も
次の参礼者に、空になった杯に再び酒を注ぐ
一連の動きを繰り返す
時代を反映した動作も試してみました
本来は決められた成人男性しか参加できなかったという茶礼ですが、最近では方法が多様化。こんな光景が見られる家庭も増えてきているそうです。なお拝礼を行なう際は女性は右手を、男性は左手を上にする基本姿勢「拱手(コンス)」にのっとります。
最近は正装とまではいかず
整った服装で行なう人も
部屋の大きさの関係などから数人が
一度に拝礼することもあり
コネストスタッフに聞いた、我が家の場合…
「先祖の霊が入ってこれるように部屋の戸を必ず少し開けます(仁川市出身)」、「 田舎の親戚宅では、女性は準備をするだけで行事には参加できません(長水郡出身)」
飲福(ウムボッ)
主催者である祭主が杯に入った酒を飲み、儀式は終了。最後に飲福といい、儀式に使ったお供え物をおろして参礼者たちがいただきます。実際は茶礼を全て終えた後に、墓地にお墓参りに…と続きますが、再現はここで終了です。
祭主が酒を飲んで茶礼は終了
終わったら紙榜を燃やす
皆で茶礼に使った料理を食べる
コネストスタッフに聞いた、我が家の場合…
「最後は茶礼用の器から普通の器に移し、別室で食べます(ソウル市出身)」、「食べる際はテーブルは使わず、必ず床に食器を置きます(晋州市出身)」
今回は再現だけにも関わらず、かなり煩雑だった茶礼。しかし同時に一連の作業を終えると、ちょっとした一体感も感じました。準備に追われる女性など、実際に茶礼を取り巻く人々の心境はわかりませんが、少なくとも集まった人々が時間と空間を共有する、不思議な場だと思いました。
一般家庭で行なわれる茶礼の様子
写真は全羅南道(チョルラナムド)の一般家庭にて、秋夕に行なわれた茶礼の様子です。親族が集合して茶礼床を準備。秋夕当日の朝に男性のみが参列し、儀式が進行。終了後は親族全員で卓を囲みます。供物の種類や拝礼の方法など、家庭による特色がうかがえます。
茶礼床のご飯には少しずつ匙を入れる
酒を供える度に参列者が一緒に拝礼。女性は参加せず
終了後は家族全員で供物を食べる
韓国の「ハレ」を表す文化
韓国の家庭に浸透した伝統儀礼、いわば韓国流の「ハレ」を表す儀式の代表格ともいえる茶礼。社会に広く、深く根づいているからこそ、押し並べて簡単に語れませんが、先祖を迎えようとする人々の真心には、共通するものを見出せます。
また、一見非効率的にも思える行事ですが、核家族化が進む現代社会において、家族や親族というコミュニティの存在を再確認させてくれる、1つの機会ともなっているのではないでしょうか。だからこそ変化を見せながらも、茶礼は今日まで伝わり続けているのでしょう。
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