キ・スンド名人が長興高氏(ジャンフンコッシ)10代目の嫁として、360年続く宗家に嫁いだのは24歳のとき。食事作りはもちろん、伝統調味料作りも当時は一家の女性の役目だった。
「醤油作りはシオモニ(義母)と一緒に作業する中で覚えていきました。とはいえ、仕込みは1年に1回。何度も練習できるものではありません。指示されたとおりに一生懸命やり、身に付けるしかありませんでした。今になって思いますが、私が1人で仕込めるようになるまでは、シオモニも気が気でなかったでしょうね。私自身、自分の息子がすっかり大人になったといえ、まだどこか不安な部分がありますから」
幼い頃から厳しく育ったキ・スンド名人。伝統と習慣を重んじる宗家での暮らしも、自然と受け入れられたという。嫁である自分に与えられた仕事、置かれた立場や環境に対し、至極当然のものだという認識があったからだった。
「数年前とあるインタビューを受けた際に、家庭の年間行事について思い返すことがありました。
ソルラル(旧正月)・
秋夕(チュソク)をはじめとした
名節(ミョンジョル)、先祖の祭祀、家族の誕生日など、数えてみたら大小の行事が何と年に30回以上もありました。食事作りもその都度こなしてきたはずですが、その回数の多さに自分でも驚きました」