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第75回~菅野淳さん(FCソウルフィジカルコーチ)

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韓国プロサッカーリーグ「Kリーグ」きっての人気クラブで、首都ソウルを本拠地とするFCソウル。2012年Kリーグ優勝、2013年アジア・チャンピオンズ・リーグ(以下ACL)では準優勝を果たした強豪チームにおいて、唯一の日本人コーチとして活躍されているのが菅野淳さんです。日本で長年プロサッカー選手の指導に携わってきた菅野さんが、言語も慣習も異なる韓国人選手たちの間で何を感じ、どのように向き合っているのか。ソウル東部、京畿道(キョンギド)九里(クリ)市にあるFCソウル練習場「GSチャンピオンズパーク」で伺いました。

名前 菅野淳(かんの あつし)
職業 FCソウル フィジカルコーチ
年齢 48歳(1965年)
出身地 山形県
在韓歴 2年10カ月
経歴 筑波大学大学院卒業後、1992年ヤマハ発動機サッカー部(現ジュビロ磐田)コンディショニングコーチに就任。ジュビロ磐田フィジカルコーチ(1994年~2003年・2006年)、U-23アテネオリンピック日本代表フィジカルコーチ(2004年)、ヴィッセル神戸フィジカルコーチ(2007年~2010年)等を経て、2011年1月より現職。
選手と監督をつなぐ、チームの潤滑剤
サッカーは長時間動き続けるスポーツであるため、選手にとってフィジカル(体力)的な能力は不可欠です。プロ選手とはいえ個人差があったり、ポジションによっても必要な能力が異なるため、専門的なトレーニングメニューを作成し、選手が90分間の試合を最後まで戦い抜くことができるよう指導・管理に当たるのがフィジカルコーチです。

また、選手の指導もさることながら、選手交代のタイミングをアドバイスするなど監督がイメージするサッカーができるようサポートするのも重要な役割です。監督の意向とコーチの考え方にギャップがあってはならないため、監督とは常にコミュニケーションを図りながら意見をすり合わせています。FCソウルのチェ・ヨンス現監督は、日本で長年選手として活躍していたので日本語も流暢で、意志疎通の面では全く問題ありません。
GSチャンピオンズパーク。背後はクラブハウス
GSチャンピオンズパーク。背後はクラブハウス
ウォーミングアップの様子
ウォーミングアップの様子
将来を決めた、科学的トレーニングとの出会い
フィジカルコーチを目指したきっかけは、教育学部で教師を目指しながらサッカー部で活動していた大学時代まで遡ります。地元の山形は、毎年冬になると降雪でトレーニングができないため、筑波大学(茨城県)で約1カ月間合宿をするのが恒例となっており、当時在学中だった中山くん(中山雅史)や井原くん(井原正巳)など日本代表に入るような選手がいたチームと試合をする機会もたくさんありました。
しかし、まったく勝てない。そこで、彼らは一体どんなトレーニングをしているのか気になり調べてみたら、運動科学分野で有名な教授のもと、様々な測定データなどを基に身体パフォーマンスを高めていく科学的なトレーニングプログラムを行なっていたのです。驚くと同時に興味をひかれ、当時コーチ学の先駆けでもあった筑波大学大学院に進みました。

コーチ学は今ではたくさんの大学で学ぶことができますが、当時はまだ学問分野として発展途上の段階。それまで「根性」や「鍛錬」という言葉に置き換えられていたトレーニングの効果が科学的に証明されたり、コーチを目指す人はメンタルトレーニングや運動生理学、運動心理学といった理論も学ぶべきだという考えが浸透し始めた頃で、私もトレーニングによる体の変化などを多角的に研究しました。

Jリーグが始まったのは、修了が近づき「地元で教師にならねば…」と考えていた頃でした。タイミング良くJリーグのクラブの1つであるヤマハ発動機(現ジュビロ磐田)から誘っていただき、フィジカルコーチとしてのキャリアが始まりました。
韓国でも高まるフィジカルコーチの存在感
フィジカルトレーニングの概念が生まれたブラジルやヨーロッパではフィジカルコーチの歴史も長いですが、日本ではJリーグが開幕した1993年頃から導入され始めました。

韓国でも近年、フィジカルコーチを置くケースが増えています。現在、韓国代表チームのフィジカルコーチを池田誠剛さんが務めるほか、Kリーグ全体では約半数のクラブでフィジカルコーチを導入しており、外国人コーチは日本人が私を含め3名、ブラジル人が3名います。
試合前に身体をほぐす日本代表チーム

(2010年撮影)
試合前に身体をほぐす日本代表チーム
(2010年撮影)
そうした背景には、かつて日本でプレーした韓国人が母国で監督を務めるようになってきたことがあります。選手時代に日本で経験したフィジカルトレーニングの重要性を認識し、積極的に取り入れようとする機運が高まっているのです。

私はFCソウルで2011年1月より指導に当たっていますが、きっかけは当時のファンボ・グァン元監督が日本人のフィジカルコーチを探していたことでした。
ファンボ元監督は大分トリニータというJリーグのチームで選手および監督を務めていた方で、日本の優れたコーチングシステムを韓国にも導入したいと考えていました。私も一度は外国で指導してみたいという夢があり、また所属チームの契約も満了するタイミングだったので、二つ返事で引き受け韓国に来ました。
パワーとパッションの韓国サッカーに技巧をプラス
韓国は長身でパワーのある選手が多い(写真はチャ・ドゥリ選手)
韓国は長身でパワーのある選手が多い(写真はチャ・ドゥリ選手)
私はずっと日本のチームで韓国と戦ってきましたが、韓国人選手は体格が大きくスタミナもあり、フィジカル的に非常に強いイメージがありました。

それは日本の部活動と異なり、韓国では中学・高校で少数精鋭の選手たちが徹底的にトレーニングを積んできていることと関係しています。プロになる頃には基礎体力が既に出来上がっているため、日本と比べてフィジカルトレーニングの必要性が重視されてこなかったのかもしれません。
しかし、韓国人選手はパワーもスピードもあるのに、実際の試合では十分に生かしきれない「宝の持ち腐れ」的なところがあるのも事実です。日本と韓国で指導方法は大きく変化させていませんが、トレーニングは韓国人選手ならではの特徴に合わせて考案しています。

例えば、日本では基礎体力を強化するトレーニングが多いのに比べ、韓国では技巧を向上させるトレーニングを中心に行なっています。目前のことには集中できるが先のことを考えるのは苦手、という選手が多いので、緩急をつけたステップの踏み方やスピードの強弱の付け方など、スキルアップを図る練習が主になります。

韓国人選手の持ち味と私がこれまで積み重ねてきた指導法をうまくミックスすれば、選手たちの潜在能力をさらに発揮させることができるのではないか。そんなイメージを描きながら指導に当たっています。
「オープンマインド」で縮まった選手との距離
FCソウルでの1日はほぼ毎日同じスケジュールで、朝は選手たちが集まる30分ほど前に来て、自分のトレーニングをすることから始まります。チームの中で最年長ということもあり、体力を落とさないためのランニングや筋力トレーニングは欠かせません。

午前中は次の対戦相手のビデオを見たり、自分たちの試合を振り返ってディスカッション。その後トレーニング内容について監督たちと話し合い、午後にトレーニングを行なって19時頃終了します。
トレーニング前のミーティング風景
トレーニング前のミーティング風景
就任後初のチームミーティングでは、「この日本人は誰なんだろう」というそわそわした雰囲気、「自分たちにどんなトレーニングをさせるのだろう」という興味や不安を選手たちの表情から感じました。

そこでまず、「私は良い成績を上げるためにやってきた。お互い同じ目線でチームを作り上げていく一員だ」ということを、普段から意識して伝えるようにしました。
また、韓国は目上の人を敬う儒教の国で年功序列が重んじられる傾向にありますが、「外国人だから名前に敬称を付けなくても良いし、気楽に接してほしい」とも話しました。何事も包み隠さず、心を開いて接するうちに、選手たちとの距離感は徐々に縮まっていきました。

言葉の面でも、最初は「アンニョンハセヨ」「カムサハムニダ」以外は分からなかったので苦労しました。幸いサッカー用語はキックやパス、シュートなど英語が多いので、単語をつなぎ合わせて何とか伝えていましたね。

指導の際よく使う言葉を通訳に何十個も書いてもらってからは、それを会話のバイブルとして使っていましたが、1年ほど経つと「今日はコンディションどうだ?」「昨日は何して過ごした?」など、自然に話すことができるようになりました。

チームに溶け込み、人と人とのつながりが増えるなかで、少しずつ身についていったのだと思います。
ランニングにサイクリング…オフもアクティブ
帰宅後のコーヒータイムがリラックスの時間
帰宅後のコーヒータイムがリラックスの時間
休日は、家でじっとしていられない性格なので、自宅近くの公園を走ったり、登山に行ったりして過ごしています。

サイクリングをすることも多く、九里の自宅からソウル西部ワールドカップ競技場まで片道3時間かけて行ったこともあります。そんな風にアクティブに過ごした後、サウナに行って
1日を終えるというのが休日のパターンです。

江南(カンナム)エリアの日本料理店にも韓国在住の日本人コーチとよく繰り出します。また普段、家に帰ると最初に豆を挽いてコーヒーを淹れるほどのコーヒー党ですが、自宅で飲むだけでなくカフェに行くことも多いです。

約20年前、初めて韓国に来たときはこんなにコーヒーが浸透するとは思いもしませんでしたが、今ではチェーン系のカフェもどんどん増えてきて嬉しい限りです。
韓国でストレスなく暮らすコツは「韓国人になりきる!」
韓国で暮らしていると、突然の決定や変更も多くてイライラすることがありますが、それも国民性のひとつだと思って受け入れるようにしています。実は韓国に来た初日、突然車の鍵を渡され、「これから宿舎に行くから付いてきてください」と言われました。

韓国での運転は初めて、その上ハンドルも反対で戸惑いましたが、そのとき自分の考え方を切り替えなければと思いましたね。これが韓国のやり方なのだから慣れるしかないのだ、と。
日本のやり方をアピールするのも一つの方法かもしれませんが、私の場合は「韓国では、こうなんだな」と自分の中で上手く消化することで、ストレスが大分軽減されるようになりました。
アジアを制し、世界に通じるクラブに
ゴール前で攻め込むユン・イルロク選手

(2013ACL準決勝エステグラル戦)
ゴール前で攻め込むユン・イルロク選手
(2013ACL準決勝エステグラル戦)  
日本のチームはパスを丁寧につなぎ、足元を駆使して相手にボールを奪われないようなサッカーが特徴です。プレー自体は確かにエレガントですが、何としても点を取らねばならない場面や守りが重要な場面で勝負に徹していないと感じるときがある点は否めません。

それに対し韓国のチームは全く逆で、パスをつないだプレーは少ないものの、ゴール前での攻防は強く、非常に見ごたえがあります。しかしながら、KリーグはFCソウルや水原(スウォン)三星などビッグクラブの試合を除き観客数が少ないのが現状です。
私はサポーターが試合内容に魅力を感じていないのがその一因だと感じていて、もう少し丁寧にパスをつないだり、選手の持ち味を発揮したサッカーができれば、観客動員数の増加にもつながるのではないかと見ています。
FCソウルはKリーグの中でも異質なチームで、しっかりパスをつないでゲームを作り上げていきます。そういう意味ではJリーグのチームと非常に似ていて、さらにパワーやスピードもあるという魅力的なサッカーをするチームです。

チームクォリティーが高いため、指導内容がすぐプレーに反映されやすく、フィジカルコーチとしてのやりがいも大きいです。また、昨年Kリーグで優勝を果たしたり今年はACLで決勝戦まで進んだりと、トレーニングの成果がゲームの勝敗につながったときは非常に満足感があります。

一方で、日本のチームとの対戦で負けると、日本でまた指導をしたいなという気持ちにもなり、その葛藤が大きいですね。韓国人の特徴や日本人選手にも適用できるトレーニング法など、韓国で刺激を受けて自ら学んだことを日本に持ち帰り、日本サッカーのために貢献したいという思いもあります。

FCソウルでの目標は、アジアチャンピオンです。とても大きなチャレンジですが、世界に通じるクラブになってほしいという思いがあります。そのために、監督のイメージするサッカーができるよう、また選手たちが自信をもって戦えるよう、最善を尽くしてサポートしていきたいです。
インタビューを終えて・・・
自らを「裏も表もない性格。日本でも韓国でも、この芸風は変えられません(笑)」と、おどけて語る菅野さん。初対面なのに親しみやすく、身振り手振りを加えて真摯に話される様子が印象的でした。日本での豊富なご経験とオープンな人となりが、韓国においても選手たちとの信頼関係をより短期間で、より深く築き上げてきた秘訣なのではないかと思いました。

2013年11月9日、中国で行なわれたACL決勝第2戦では、接戦の末、惜しくも準優勝に輝いたFCソウル。一方、韓国国内ではKリーグにおける競技が12月1日までといよいよ終盤を迎えています。上位リーグで奮闘中のFCソウルの試合は、本拠地であるワールドカップ競技場をはじめ各地で開催中。皆さんもぜひ足を運んで、パワフルな韓国サッカーを間近で観覧してみてください。
FCソウル
1983年創設。Kリーグには1984年より参加し、2010年には同リーグにおける1試合の観客動員数の新記録を達成(60,747名)。2013年現在まで5度のリーグ優勝を果たしている。
住所:ソウル市 麻浦区(マポグ) 城山洞(ソンサンドン) 515 ワールドカップ競技場内
電話:02-306‐5050
ホームページ:www.fcseoul.com
  最終更新日:13.11.13
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