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第72回~青山修二さん(北海道新聞ソウル支局)

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朝刊約110万部の発行部数を誇る北海道新聞は、北海道民を読者とし、世界や日本の動きを北海道の視点から伝えてきた地方紙です。韓国における北海道の話題から朝鮮半島情勢まで、幅広い分野の情報をソウルから発信しているのが、北海道新聞社ソウル支局長の青山修二さん。KBS World Radioの時事番組「金曜座談会」のコメンテーターとしてもご活躍されている韓国通です。特派員として韓国に来られた経緯や仕事のやりがい、記事を通じて伝えたい日韓関係にかける思いなどを、オフィスのあるソウル都心部・光化門(クァンファムン)で伺いました。

名前 青山修二(あおやま しゅうじ)
職業 北海道新聞社 ソウル支局長
年齢 40歳(1972年)
出身地 山形県
在韓歴 3年
経歴 北海道大学卒業後、1998年に北海道新聞に入社。滝川支局、小樽支社を経て、東京支社政治経済部で首相官邸、外務省等を担当(2005年~2009年)。2010年に東京支社国際部に異動。2010年7月より現職。
学生時代の失敗から開けた、韓国特派員の道
初めて韓国を訪れたのは大学2年の1994年です。日韓両政府主催の青少年交流事業に参加し、2週間滞在しました。当時は韓国に関心があるわけではなく、参加のきっかけも「無料で海外に行けるから」。韓国での日々は楽しく思い出に残るものでしたが、それ以上韓国について学ぶつもりはありませんでした。
私が通っていた大学には当時、3年次の学部移行時に成績優秀者から順に専攻を選べる制度がありました。昔から社会部の新聞記者になりたいという夢があり第一希望は社会学でしたが、成績が悪く(笑)、第二希望の言語学を専攻することになりました。

あまり乗り気がしないまま研究室に行ったら、かの有名な「朝鮮語辞典」の編集者の一人である門脇誠一先生が担当教授としていらっしゃったんです。また、韓国への留学体験を楽しそうに語り、勧めてくれる先輩にも出会いました。
そんな中で「新聞記者になったとしても朝鮮語なら役立つかもしれない」と思うようになり、本格的に学ぶことを決めました。4年次には1年間休学し、延世(ヨンセ)大学の韓国語学堂へ9カ月間の留学も経験しました。

北海道新聞入社後は、配置希望を出す機会がある度に「特派員として海外へ行きたい」と言い続けてきました。それが実現したのが2010年。ソウル支局への赴任は念願だったので決まったときは幸せでした。
運営は韓国人スタッフと二人三脚で
現在ソウル支局は、支局長の私と現地採用の韓国人スタッフ1名の計2名です。人員が少ないため、周囲からは「大変ですね」と言われますが、支局長という重責を1人で果たさねばならない厳しさと、1人だけで判断できる楽しさの両面があると思っています。

取材は2人で出かけることもありますが、記事は私が作成し、韓国人スタッフには記事の根拠となる情報のリサーチや取材でアポイントメントが必要な際のサポートなどをお願いしています。

また、私が書く記事の第一読者として、韓国人の観点からどう感じるか、違和感はないかといった感想や意見を求めることもあります。

ソウル支局は朝鮮半島全体のニュースを担当していますが、発信する情報分野は大きく分けて3つあります。1つ目は北朝鮮問題に代表される朝鮮半島情勢、2つ目は日韓関係、そして3つ目が北海道関連の話題です。比率では順に50%、40%、10%程度となっています。
現象は1つ、伝え方で問われる記者の力量
オフィスの一角に並ぶ韓国の主要各紙
オフィスの一角に並ぶ韓国の主要各紙
取材先や記事の内容は、「いま何を伝えるべきか」という記者としての感覚で決めていますが、やはり政治分野の記事が多くなる傾向にあります。情報は韓国外務省の記者会見に行ったり、韓国メディアに目を通したりして収集することが多いです。

また、韓国紙では単体のニュースとして扱われたものを企画記事として深く掘り下げて書くこともあります。その一例が、朝鮮戦争停戦60周年に当たり、江原道(カンウォンド)華川(ファチョン)郡の破虜湖(パロホ)で、郡と韓国仏教最大宗派の曹渓宗(チョゲジョン)が共同開催した慰霊祭に関する記事です。
破虜湖は1930年代の水力発電所建設で生じた人工湖で、朝鮮戦争当時、一帯では発電所占拠をめぐり韓国・国連軍と、中国・北朝鮮軍の間で激しい戦闘が行なわれ、10万人以上の犠牲者が出た場所です。韓国メディアは慰霊祭開催のニュースを伝えるに止まりましたが、私が注目したのは慰霊祭に招請された参戦国外交団のうち、中国が参席しなかったことです。

その背景を調べたところ、実は破虜湖の「虜」は古代中国で異民族を罵って使われた言葉で、李承晩(イ・スンマン)元大統領が韓国・国連軍の勝利を記念し、「敵を破った湖」という意味で名づけたという事実が理由の一つにあることが分かりました。

記事では、そうした韓国メディアでは扱われなかった内容も盛り込み、慰霊祭を通じて見えてきた停戦から60年後の朝鮮半島の現状を伝えました。停戦から60年たった今、中国と韓国は様々な分野で接近していますが、やはり歴史問題はあるのですね。

1つの現象を報じる上で「正解」というものはありません。同じ現象でも、調査や分析を基に自分なりにどういった切り口で見せるかという部分で、記者としての力量が問われるような気がします。
「地方の枠」超えてこそ面白い記事がある
記者としてのやりがいを最も感じるのは、誰も触れていない事実に接したり、その記事を書いたりしているときです。その興奮にも似た感覚は「麻薬」のようなものだと思っています。

その感覚をつかむと、「これは面白い、読まれるぞ」というのが直感で分かるようになる。そして、どうしたら面白い記事になるかを常に探し求めるようになります。そんな「麻薬」の魅力を気づかせてくれたのは、小樽支社時代の上司でした。
ある日、その上司から「何か面白い話はないか」と聞かれ、私は小樽税関でふと耳にしたロシアへの中古車輸出の大部分をパキスタン人が担っているという話をしました。すると突然上司が、「青山君、パキスタンで取材してきてくれ」と。その後パキスタンに行き、日本各地でも取材をして、パキスタン人がなぜ、日本の中古車輸出で勢力を拡大したのかを調べて記事を書き上げました。

北海道新聞は道内でのみ流通している地方新聞です。しかし、地方紙だからと地元限定的な取材だけを任されていたら、記者としてのやりがいは見い出せなかったと思います。地域に根付きながらも、誰も読んだことがない出来事、今起きている事象を記事に書く。それがスクープだと教えてくれた上司には、記者として大きな影響を受けました。
北海道民の視点に立って身近な韓国を伝える
登山やキャンプなど韓国はアウトドアブーム
登山やキャンプなど韓国はアウトドアブーム
ソウル支局では、北海道に住む一般の人々に韓国をもっと身近に感じてもらいたい、普段の生活に記事を役立ててほしいという思いから、韓国における北海道関連の情報や、韓国文化に関する読み物も発信しています。

先日、韓国のキャンプブームについて取り上げた際は、北海道で近頃トレッキングとキャンプをセットで楽しめるツアーが増えているという内容を盛り込み、北海道への韓国人キャンプ客誘致の可能性に言及したりしました。
店主との距離感が近いクモンカゲ
店主との距離感が近いクモンカゲ
また、私自身が体験したクモンカゲ(町の小さな個人商店)でのエピソードをエッセイとして書いたこともあります。ある日いつも立ち寄るお店で店主のおばあさんがガムを2枚くれました。「私1人なのに、なぜ2枚なんですか」と尋ねたら、「1枚だけだと情が薄れるかもしれないからね」という言葉が返ってきました。

韓国では食べ物を分け合ったり、たくさんの料理でもてなすことが人との関係性において未だ大きな意味を持っています。少しでも多く他人に与えようとする情、そんな日本人が失いかけている情緒に触れてハッとさせられました。
北海道新聞は、ハンギョレ新聞をはじめ韓国の新聞社とも編集局同士の交流があります。東亜日報(トンアイルボ)とは、北海道と韓国、両方とつながりが深いサハリン残留韓国人問題についての年間企画を共同で立ち上げたこともありました。

ソウル支局から発信する北海道に関する情報は、記事全体の1割程度に過ぎません。しかし、北海道に暮らす人々の日常がどこかで韓国と結びついているのだということを伝える記事として非常に重要だと考えています。
ソウルの片隅で感じたアジアのつながり
個人的に興味を持っているのは、朝鮮族(中国の少数民族の一つとされ朝鮮半島にルーツをもつ人々)が集住する南九老(ナムグロ)と、ウズべキスタン僑胞など中央アジア出身者が多く住む東大門(トンデムン)エリアの光熙洞(クァンヒドン)です。どちらも韓国にいながらにして異国情緒を味わえる場所です。
南九老駅の隣、大林駅に

形成されているチャイナタウン
南九老駅の隣、大林駅に
形成されているチャイナタウン
光熙洞のあちこちで見かけられる

キリル文字の看板
光熙洞のあちこちで見かけられる
キリル文字の看板
ウズベキスタン料理を味わえる店も

(サマルカンド)
ウズベキスタン料理を味わえる店も
(サマルカンド)
以前、南九老で朝鮮族の知人とカラオケに行った際、彼は千昌夫の「北国の春」を中国語で熱唱していました。2010年に訪れた平壌(ピョンヤン)でも、同じ歌が朝鮮語で歌われる様子を目にしたことがあります。

日本の演歌一曲で、アジア各国の人々が感動を共有することができている。たとえ国同士が対立していたり仲が悪くとも、ディープなところではつながっているのだというのを実感し、感銘を受けました。
日韓両国の人々に通じる記事を届けたい
7月に行なわれたサッカー東アジア・カップ男子日韓戦では、日本側応援団が韓国で軍国主義の象徴と捉えられている旭日旗を掲げた一方、韓国側応援団は「歴史を忘れた民族に未来はない」とハングルで書かれた横断幕、民族運動家・安重根(アン・ジュングン)が描かれた幕を掲げ、両国で大きな物議を醸しました。

私は実際競技場にいて、日本側応援席で発煙筒を取り出した人も見かけましたが、日本の報道ではそうしたマナーの悪さを自覚している記事は当初見当たりませんでした。また、韓国側も時と場所を弁えていない行動には目をつむり、旭日旗だけを問題視する傾向がありました。

このサッカー競技での応援を例に見ても、日韓両国は互いに自国の問題点に触れるということには非常に消極的です。しかし、それでは問題の本質が見えなくなり、結局は何も生み出されません。
近年、日韓関係に携わる外交官や新聞記者の中には、技術や経済分野での連携を通じて両国ともに利益を得るウィン・ウィンの関係だけ築けば良いと考える人が増えているように感じます。しかし、私は互いに理解を深め合うことこそが重要だと思います。

そのために、記者としては日韓両国の人々に通じる記事を書いていくことが必要で、それが特派員としての課題でもあります。頭ごなしに相手国を批判するのではなく、自国の不十分さを認めつつも関係改善のために相手国に改めてほしい部分はしっかり主張する。
今後求められるのはそういう記事で、実際冷静に話せば分かり合える層は日韓両国で広がり始めていると感じます。日本と韓国は、それぞれに「不都合な真実」を抱えています。つまり、自己にとって都合は悪いが、真実として存在している現実です。それをお互いがどれだけ冷静に見つめられるか。それが今後の日韓関係を解きほぐしていく重要な鍵になるのではないかと思います。
インタビューを終えて・・・
「大学時代にまじめに勉強して良い成績を取っていたら、今の自分は存在しなかったかもしれません」と冗談まじりに語る青山さん。休日は漢江(ハンガン)公園でご家族一緒に過ごすことが多いそう。普段の記者の顔とは違うマイホームパパとしての一面もお持ちで、そのギャップがまた印象的でした。 今後も鋭い洞察力と韓国社会に対する深い知見を発揮された記事で、日本の読者に未知なる韓国の魅力を伝えていただくことを期待しています。
北海道新聞社
1942年創刊。札幌本社のほか道内に8支社・1総局・38支局が置かれ、海外には北海道とゆかりの深いユジノサハリンスク、ソウル、ワシントン、北京など世界主要7都市に記者が駐在している。
住所:ソウル市 鍾路区(チョンノグ) 新聞路1街(シンムンロイルガ) 163
電話:02-739-2530
ホームページ:www.hokkaido-np.co.jp
  最終更新日:13.08.28
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