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第41回~高杉暢也さん(元韓国富士ゼロックス会長)

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これまでご登場頂いた方々の中では在韓歴が12年と最も長い高杉暢也さんは、日系企業の駐在員として赴任後、韓国の変化をつぶさに見つめて来られました。そして何を隠そう、今や恒例行事となった「日韓交流おまつり」の立ち上げ及び開催継続の道を作った立役者であり、2009年にソウル名誉市民となった日韓友好関係の功労者です。韓国がぐっと身近になった最近では、韓国に活躍の場を求め「日韓の架け橋」となりたいという方が増えていますが、その大先輩となる存在。しかし意外にも「韓国行きの辞令を受け取った時が人生で一番つらかった」とのこと。そんな高杉さんに赴任当時のこと、日韓のビジネスの違い、日韓交流おまつりなどについてお話を伺いました。
所属先 金・張法律事務所 常任顧問
年齢 67歳(1942年生)
出身地 山梨県
在韓歴 12年
経歴 大学卒業後、富士ゼロックスに入社。
韓国富士ゼロックス会長就任に伴い1998年に来韓。2003年から2005年にかけてSJC(ソウルジャパンクラブ)理事長。盧武鉉元大統領政権時(2003年)には外国人初の大統領国民経済諮問委員会のメンバーとなる。2005年「日韓友情年」の現地推進本部長。これらの功績により、大統領産業褒章(2006)など受章多数。韓国富士ゼロックス退職後もソウル市の外国人投資諮問委員会メンバー、ソウル名誉市民として、日韓経済・文化交流に携わっている。
アジアに通貨危機の訪れた混乱期、会社再建の命を受ける
1998年はアジアの通過危機で、日本では山一證券などの倒産が相次ぎ大変な時代でした。韓国富士ゼロックス(当時はコリアゼロックス)は韓国のパートナーと富士ゼロックスによる50・50のジョイントベンチャーでしたが韓国のパートナーが経営に行き詰って会社が倒産寸前となり、その建て直しのために韓国に来ることになりました。

当時、聖水(ソンス)大橋や三豊(サムプン)百貨店の崩落事故が日本のニュースで取り上げられていたこともあり、「なんでそんな所に俺が行くんだ」という思いがありました。実際に来てみると4月なのに街路樹も芽吹いておらず景色は寒々しく、IMFショックで公園に失業者が溢れ、とんでもないところに来ちゃったなあというのが正直な感想でした。

私共メーカーは機械の販売だけでなくアフターサービスが非常に重要で売上のうち機械3割、アフターサービス7割が経験値から見た安定経営の法則です。ところが韓国は機械7割、アフターサービス3割と逆。

「売上がこんなに大きい」「マーケットシェアがこんなに高い」と量や大きさを競う風土があり、キャッシュフロー(資金の流れ)や利益などのきめ細かい部分にはまったく目が届いていませんでした。
またオーナー企業だったので経営が不透明で、社員と一緒に会社をよくしていこうという発想がありませんでした。会社再建が私の役目なので、まずは問題点を解き明かし、データに基づいて裏づけをし、1,200名の社員全員に状況を説明し、大きく4つのテーマで私の思いを伝えることから始めました。
「強い、面白い、優しい会社」づくりを目指して、再出発
1つめはこの会社は韓国人による韓国のお客様のための韓国企業であることを伝えました。100%日本資本となって、進駐軍が来た、大変なことになる、と不安に思った社員もいたので、それを払拭する意味もありました。

2つめは経営をオープンにすること。私共は韓国だけでなくアジアでも展開していますが、韓国は当時でもアジア・オセアニアも含めて日本に次ぐ経済大国であり、コリアゼロックスは売上の規模は大きかった。
しかし前述の通り、売上の規模は大きいがキャッシュフローや利益が悪くなっているのに社員は誰も知らない。だから突然、会社が倒産寸前で日本人経営者がやってくる、ということで社員はみんなびっくりしました。私は状況を説明し、社員全員で改善していくことを呼びかけました。

3つめは松尾芭蕉の言葉にもある不易流行です。韓国は歴史的にみて日本の先輩国で、私たちはあらゆる面で教えを受けてきました。しかし、伝統と文化を持つ国である反面、非常に保守的で古い体質があります。そこで変える必要のないもの「不易」、新しいものを取り入れていく姿勢「流行」が必要だと説きました。
特に身近なビジネスの改善については、上司の顔色を窺って行動できなかった部分も多かったので、必要なことであればどんどん変えてやってくれ、と言いました。

4つめは「強い、 面白い、優しい会社」を作ろうということ。自分で言うのもなんですが、時代を先取りした凄くいいキーワードで名言なんですよ(笑)。韓国ではこれからですが、CSR(企業の社会的責任)という考え方です。

これは企業が、企業をとりまくステークホルダー(利害関係者:株主、顧客、従業員、社会全体、地球環境)に対して適切な対応をとっていくことを言います。だから株主には利益を出して、配当ができる。お客様にはさすがゼロックスといわれるよい商品、サービスを提供する強い会社。

働く社員には自分の思いを実現でき、結果、給料があがる面白い会社。地域社会や地球環境には優しい会社 。こういう会社を実現しようというメッセージを送りました。何を言っているんだ?と思う社員もいたかもしれませんが、当時、このメッセージは鮮烈だったようです。
メッセージを浸透させるためのツールは五感とサムギョプサル!?
以上4つのことを言うは易しで、実行するのが大変でした。しかし、コミュニケーションしかないと思い「強い、 面白い、優しい会社」をどう実現するか、社員ひとりひとりが理解できるように私の五感機能を使ってあらゆる方法で伝えていきました。例えばビデオで会社の業績や状況、出来事を話しました。

また、社内報の発行。これらは見る、聞く、読むというコミュニケーションです。これは上位下達のワンウェイコミュニケーションで、これだけでは不十分です。そこで双方向コミュニケーションのために、役員・部長とのワークショップ、役員と一般社員・若手社員との意見交換の場「TALK PLAZA」の開催などを3ヶ月に一度の割合で、繰り返し続けました。

そして三現主義、つまり現場で現物を観察し、事実のデータを認識した上で問題解決を図ること、を取り入れました。私自身が仁川の工場や全国の事業所を頻繁に訪れ、三現主義を体現し、サムギョプサル焼酎で社員とのコミュニケーションを深めました。

そこでついたあだ名が「サムギョプサル会長」です。しかし現場での改善活動というものが韓国では難しい。遡れば日本は農耕民族、韓国は遊牧民族という説がありますが、日本の場合は農業の向こう三軒両隣の助け合いの精神からなのか、近代工業化しても小集団での品質管理(TQC:Total Quality Control)が得意です。
飲み会に欠かせない「サムギョプサル」
飲み会に欠かせない「サムギョプサル」
情報を共有化して、他人のよいところは真似るという風土があります。一方韓国の場合は改善よりも改革を好み、情報は共有化せず、他人の真似はしないという考え方です。教育も、人に迷惑をかけるなという日本に対して、人に負けるなというのが韓国。

このように国民性に大きな違いがあるため、日本と韓国の習慣や文化が似ているといっても、私の考え方が日本と同じように理解されるわけではありませんでした。
ビジネスの場で地縁、学縁、親縁が重視される
ビジネスの場で地縁、学縁、親縁が重視される
また、複写機はオフィスの生産性を改善するツールですが、複写機は安くて、写れば良いという考え方が主流で、例えば1階の複写機は富士ゼロックス、2階はR社、3階はC社というようにバラバラ。さらに地縁、学縁、親縁など人との関係が優先されてモノの売買が決められてしまい、マーケティングの体質の古さにやりきれない思いをしたことがあります。

またサービスはモノではなく目に見えない価値の販売です。韓国ではいまだにサービスはタダという考え方が主流です。サービスビジネスをいかに高めていくか、韓国経済発展のためには今後の大きな課題です。
会社が潰れても労働者の権利を主張する!熱い労働組合に衝撃
韓国は市民デモも多い
韓国は市民デモも多い
労働組合との対話では記憶に残るいくつかのエピソードがありますね。まず、就任直後の98年、経済危機の真只中でモノが売れず業績は落ちるばかり、私は労使協議会で業績を示し、組合に12月のボーナスは払えないと説明しました。

すると組合側は「会長は韓国のことを何もわかってない。会社が潰れても我々にはボーナスをもらう権利がある」と今にも机をひっくり返さんばかりでした。会社が潰れたら失業じゃないか…と言葉を失い、デモやストライキが盛んな国というイメージを超えた凄さを身近に感じ、地獄に墜ちたような気分でした。
しつこく会社の財務内容を説明し、次のボーナス期に必ず支払うと約束して、なんとか交渉をまとめましたが、組合は私の言葉に半身半疑。しかし、年の明けた旧正月の前に約束通り支払ったところ、「この日本人は嘘をつかない」と理解され、労使に信頼関係が生まれました。
チームゼロックス号
チームゼロックス号
2002年の日韓サッカーワールドカップの時、富士ゼロックスは公式スポンサーだったので、観戦チケットをお客様に優先的に差し上げました。顧客第一の日本であれば当然ですが、組合からは“何故、俺たちにはくれないのか”と凄い剣幕でクレームが出ました。

その解決策として、旧正月秋夕(チュソク)に会社が社員に贈り物をする習慣があるのですが、何が欲しいのかアンケートをし、清水の舞台から飛び降りる気持ちでマウンテンバイクを1,200名の社員全員にプレゼントすることとなりました。
「これはチームゼロックス号車だ、前輪が経営者、後輪が労働組合、両輪がうまく回らないと会社は前進することができない」というメッセージをつけて贈りました。私は今でもそれに乗って、休日にはサイクリングに出かけています。
進学率の高い韓国
進学率の高い韓国
韓国の誇る点の一つが大学進学率80%という高学歴社会です。従って、社員のレベルは高く、きちんと説明すると理解してくれ、 労働組合も会社が困っているとなると「休日を返上してみんなで頑張ろう」という情の深さもあります。

紆余曲折はありましたが、結果として、レイオフ(経営を再建するために、再雇用を前提に一時的に従業員を解雇すること)や賃金カットをせずに、1年目で黒字化を果たし 、以降、増収増益の「強い会社」となりました。
労使関係で言えば、着任3年後の2001年3月には労働組合が労使無紛争を宣言、それ以来現在までストライキなしの賃金交渉などを実現することができています。
外国投資企業のモデルプランとして、韓国ビジネス界で大きな話題に
「強い、面白い」の次に来る、「優しい」が一番伝わりにくかったですね。初めは社員の福利厚生などを手厚くしてくれるのか?と思う社員が多かったのです。

日本もかって労働争議が盛んな時代は「 優しい」という概念がなかったので同様ですね。 福祉活動や自然保護活動に参加する会社の姿勢に理解が進み、会社の業績も安定化することと相まって、社員もボランティア活動に参加するようになりました。
こうした経営に関する各種取り組みが成果をあげ、大統領表彰の受賞など、外国投資企業のモデルを作り上げることができました。私の性格はしつこいことなんだけれど(笑)、やはり繰り返し思いを伝え、行動することが成功の鍵だったと、今、振り返ってみて思います。
日韓経済の今後の行方は
SJC事務所があるプレスセンター
SJC事務所があるプレスセンター
日本企業の多くは中国への投資に注目していますが、私は韓国に投資するメリットも十分にあると見ています。

そのことを韓国政府に伝えるために、SJC理事長に就任した2003年、盧武鉉元大統領の訪日公式随行を機に、これまでSJCが産業資源部に提出していた建議事項をJETRO(日本貿易振興機構)の協力を得て直接、産業資源部長官にプレゼンテーションしました。

例えば日本企業の対アジア投資の中でも在韓日系企業の経営状況、収益は良好であること。
開発・生産面からは、中国は低コストでの生産力に優れているが、「開発と生産の一体化したモノ作り」が韓国の強みであること。また、マーケッテイング面からは韓国は購買力があり、よいモノが売れる市場があることなどです。

このSJCによる分析は韓国の経済界に好評で、日本企業に必要な条件を韓国が備えていることのPRが進み、2004年には韓国への投資が増えました。2004年の分析ですが、現在に至っても同じ傾向にあると言えます。
現在、韓国の対日貿易赤字は300億ドルとなっており、韓国が日本から輸入する品目の多くが部品・素材分野です。日本では多くの中小企業がメーカーのベンダーとして開発力と高い技術力を持ち部品・素材の供給を担っていますが、韓国では大企業志向があり、中小企業が育たない傾向があります。 中小企業を経営する親は子どもが後を継ぐことよりも大企業へ就職する道を望むわけです。

また、これまで日本企業、製品が欧米市場を席巻していたため、日本に追いつけ、追い越せの韓国企業、製品は 中国やインドのようなニッチの市場を求めていかざるを得なかった。ところが2年前のリーマンショックにより世界のマーケットにパラダイムチェンジが起って、現在は中国、インドのようなボリュームゾーンといわれる市場でモノが沢山売れるようになってきた。

これは世界史の流れ、即ち、運命だと言えます。グローバル化の進んだ今日、日本単独ではもはやイニシアティブをとることは難しくなってきています。そこで、日韓の強みをあわせて、世界の趨勢に立ち向かっていく必要があります。日韓は「民主主義」「市場原理主義」「類似の文化」という3つの共通点があり、両国が協力できる鍵となります。
100年先の未来に続く交流を目指して
2005年の日韓国交回復40年を記念した「日韓友情年」では700~800件ものイベントが開催され、私は現地推進本部長として大使館と一緒に準備をすすめました。教科書問題、竹島問題などで中止や順延となった行事もあったのは残念でしたが、歌舞伎、宝塚、NHKのど自慢など多くの公演やイベントが開催され賑わいました。

特に「日韓交流おまつり」には5万人もの人が集まり、両国文化の本質を知ってもらうよい機会となりました。政府は友情年だけのイベントと考えていたようですが、私は継続する意義があると強く感じました。「継続は力」ですから。
「日韓交流おまつり」を成功させるにはまず(1)資金、次に(2)日韓両国市民がボランティアとしておまつりを手作りするプロセスで生まれる交流、そして(3)歴史問題を乗り越える心が必要だと考えています。

今年で6回目を迎え、継続していくのは簡単ではありませんが、幸い「日韓交流おまつり」への思いを持って参加してくれる人たちがいて、続けることができています。10回までは基礎固めの時期で、それができれば軌道にのるのではないかと思います。120年続けていきたいというのが私の夢です。自分では見届けられないですけどね(笑)。
前述の3つの共通点は日韓が協力できる要素なので、経済、文化の両面で今後、がっちりスクラムを組んでいく必要があります。

その協力体制を進めていくことが、韓国富士ゼロックス退任後も私が韓国に残った理由と言えるでしょう。日韓がお互いの強みを活かして協力しあえる関係づくり、これからも日韓の経済交流、日韓FTA(自由貿易協定)、文化交流の橋渡しをしていきたいと考えています。

「日韓交流おまつり」などの行事には日韓両国の若い人たちにもたくさん加わってもらいたいと思います。
プライベートタイムへの1問1答
石窟庵
石窟庵
休日の過ごし方は?
土曜日はゴルフ、日曜日はサイクリング

韓国語のレベルは?
まったくできません(笑)。赴任前に勉強して「習うより慣れろ」の言語だと思い、韓国に来ましたが、いまだにさっぱりです。

好きな韓国料理は?
来たばかりの時はコリコムタン(牛テールスープ)が好きでした。今は何でも大好き。

韓国の好きなものは?
メイドインコリアの最高品質傑作の2つ。海印寺の八万大蔵経。石窟庵の石仏。

ガイドブックにない韓国を味わうなら?
漢江(ハンガン) 。行く度に整備されていく自転車道路や漢江にかかる橋の上に緑地公園を作ったり、ソウル市がすすめる「漢江ルネッサンス」を見ると、大胆でダイナミックな韓国を感じることができます。
コリコムタン(牛テールスープ)
コリコムタン(牛テールスープ)
漢江(ハンガン)
漢江(ハンガン)
インタビューを終えて・・・
「韓国行きの辞令を受け取った時が人生で一番つらかった」という高杉さんは「今は人生で一番よかったのは韓国に来たこと」とおっしゃいます。経済人として日韓関係に大きく寄与され、12年の間に歴代大統領や政治、経済、学界要人と直接対話する機会も多く、まさに「日韓の架け橋」として活躍されています。しかしお話の中から、その前に何よりも一個人として、異なる文化を理解しようと努力すること、自分の思いを相手に伝えるために努力すること、この2つを手を抜かずに時間をかけて続けることの重要性を、日韓交流の実践者として私たちに教えてくださったように思います。
  最終更新日:10.05.24
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